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MUSEUM (掌編)

そのお忘れものでしたら、どうぞこちらへ。
ええ、そのまま置いてございます。
きっと取りにいらっしゃるだろうと思いましたので、
お忘れになったその場所、その時のままにしてあります。
いえいえ、時間はお気になさらずに。
この美術館ではよくあることでございます。
ああ、暗いのでお足元に気をつけて。
そうですか、不意に思い出されたのですね。
ええ、皆さまそう仰います。
なにかを忘れたのではなくて、自分が忘れものなのだと気づいた、と。

さぁ、こちらです。
お客さまがお忘れになった、忘れられたお客さまでございます。
お間違いございませんか。
いえ、受け取りのサインはいりません。
どうぞお持ちになってください。
重くて持てない? それはそうでございましょう。
ええ、ええ、皆さまそう仰います。
でしたら、しばらく鑑賞なさいませんか。
ちょうどここに椅子もございます。
長い間お忘れになっていたご自身を、
それでも取りに戻られたご自身を、
心ゆくまで鑑賞されてはいかがでしょう。
ええ、この美術館ではよくあることでございます。

いえいえ、時間はお気になさらずに。
お客さまが軽々とお持ち帰りになるまで、
開館を告げるベルの口は私がおさえておきますから。



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