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ベッドロス (ショートストーリー)

フラッシュフィクション専門の同人ペーパー 「CALL Magazine」 に寄稿した「ベッドロス」を公開いたします。(配信期間中にネットプリントで印刷購入して下った皆さま、本当にありがとうございました!)
「眠り」をテーマにした夢見心地の1000字奇想掌編。お楽しみいただければ幸いです。(末尾に通常の横書きも掲載しています)



ベッドロス 

 ここのところ毎朝ベッドで目覚めると、なぜか道路の中央分離帯だったり、新興住宅地の小さな公園だったり、県境を流れる川の河原だったり、とにかく部屋の外のおかしな場所にいる。
 仕方なくベッドを引き摺って家まで戻る。早朝ジョガーにじろじろ見られるし、散歩中の犬は狂ったように吠えるし、職場には遅刻するし、疲れ果てて仕事にはならないし、熟睡したはずなのに何もいいことがない。
「たぶん不眠症なんじゃないか」
 同僚にそう言われて、私は首を振った。
「いや充分に眠れている。ただ起きると変な場所にいるだけなんだ」
「君じゃない。君のベッドが不眠症なんじゃないかと言っているんだ」
「まさか」
「季節の変わり目だしね、不安定になるベッドもいるさ。眠れないのが辛くて外を歩き回っているんだろう」
「それは思い至らなかった」
「良ければ僕が譲り受けようか」
「君が?」
「仕事を辞めて南の島へ移ることにしたんだ。あそこなら毎朝違う場所で目覚めるなんて、きっと最高だろうからね」
 不眠症のベッドは彼に引き取られた。
 新しいベッドは外を歩き回ることもなかった。毎朝、目が覚めると自分の部屋にいる。素晴らしい。家に戻る必要もない。私は感激した。だがそれも数日のことだけで、次第にもやもやした気持ちを抱くようになった。
 眠った場所で目覚める。意外性もなければ、情緒もない。よくよく考えれば退屈の極みですらある。朝が来る度に私は落胆した。気分が塞ぎ、仕事にも身が入らず、眠りにつくことが憂鬱になった。そして眠れなくなった。どうせ眠れないならと、夜の街を歩き回るようになるまで時間はかからなかった。
 気づけば、私はベッドを探していた。夜をさまよう不眠症のベッドを。だが、いざ探してみると見つからない。道路にも公園にも河原にも、どこにもいない。早朝にベッドを引き摺って歩く人影もない。
 あれはなんて貴重なベッドだったのだろう。私の眠りも深くて安らかなものだった。今となっては目覚めた時の衝撃すら温かく思い出される。
「ベッドを返してくれないか」
 元同僚に電話をかけて懇願した。
「君の話を聞きたいのはやまやまだが」
 寝惚けた声で彼が答える。
「起きたら海原を漂流しているんだ。家に戻ったら連絡するよ」
 だが連絡は来なかった。おそらく彼は二度寝したのだろう。
 今宵も私は街をさまよっている。不眠症などではない。ただ、朝焼けの中央分離帯で目覚めたいと、そんな夢を見ているだけだ。



CALL Magazine vol.48

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