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母子草の賦(連載第4回)

幼い姫がお家再興を目指す和風ファンタジーです。ヤングアダルト向けっぽい感じでしょうか。連載10回くらいで完結…の予定です。〈全文無料公開〉

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 森へ足を踏み入れたとたん、なぜか風が吹き始めた。しかも気持ちが悪いことに生暖かく、そして生臭い風である。
 木々がうっそうと茂り、幾多の枝が重なったり絡み合っているいるせいで、日の光が届かずあたりは夕方のように薄暗い。さらに、うねうねとくねって生えているごつごつとした木の根に、ともすれば足を取られそうになった。
 魔物がどんな姿かたちをしているのかも、どこに潜んでいるのかもまったく見当がつかない。それゆえ楓は、今にも魔物が木の上から飛び降りてきて、食われてしまうのではないかという恐怖に心を鷲掴みにされていた。
 心ノ臓が痛いほどどくんどくんと音を立てている。口がからからに渇いているし、手足はずっと小刻みに震えていた。
『できることなら逃げ出したい。降り注ぐ陽光の元へ帰りたい』
 これが楓の偽らざる正直な今の気持ちであった。
 だが、萎えそうになる己を楓は心の中で叱咤激励した。
『ならぬ。私は空知の姫じゃ。父上からお家の再興を託されたのだぞ。これしきのことで怖気づいてどうする。母上が申されたではないか。強い子におなりなされと。私は強い。強いのじゃ』
 一方、四人の男たちはうなずき合い、それぞれの得物を握り直した。いつの間にか一歩ごとに風は強さを増し、木の枝をびょうびょうと鳴らしている。
 いきなり突風が吹いた。風が鳴るごうっという音と共に、周りの木々から木の葉が盛大に舞い散る。
「うわっ!」
 先頭を歩いていた十蔵が突然声をあげた。その小柄な身体がみるみるうちに木の葉で覆われていく。
 まるで自らの意思を持っているかのごとく、木の葉が張り付いてくるのだ。独特の青臭いにおいにむせそうになる。
 気が狂ったように必死で木の葉を払うのだが間に合わぬ。たちまちのうちに緑のだるまと化し、十蔵はどたりと地面に倒れてしまった。
「助けてくれ!」
 十蔵のくぐもった悲鳴が耳に届いたが、誰も駆け寄ることができなかった。皆、それぞれが、木の葉と格闘していたのだ。
 身体を覆う木の葉は分厚い層となり、手も足もぴくりとも動かすことができない。鼻にも口にも多量の木の葉が張り付いていた。
『これはいかぬ。このままでは、皆、息が詰まって死んでしまう』
 渾身の力を振り絞って口を開け、勘吾は叫んだ。たちまち口の中にも容赦なく木の葉が入り込む。
「真海! 火を出せ! 森を燃やすのだ!」
『くそっ』
 真海は猛烈に焦っていた。勘吾に言われずとも、火を用いねばならぬことくらい、もちろん承知している。
 だが、出でよと念じればいつもは即座に出現する火が、どうしたことか真海の言うことを聞かぬのだ。
『なぜだ。こんなはずでは』
 心ノ臓が早鐘のように打ち始め、己の血潮の流れるざくざくという音が耳の中で反響する。うなじのあたりがちりちりした。
 そうこうしているうちにも、木の葉は容赦なく真海の身体を覆いつくした。胸が苦しくなる。
 そうなると精神を集中させることができず、よけいに焦りがつのるばかりであった。頭の中は真っ白で思考が回転せず、しびれたようになってしまっている。
『どうしてこのようなことに……このままでは、皆が死んでしまう。くそっ、この役立たずめがっ』
 なんと不甲斐ないことだろう。心の中で己をののしりながら、恥かしさと情けなさで、真海はほとんど泣き叫びそうになっていた。
 勘吾もまた、猛烈に焦っていた。張り付いている木の葉のせいで息が詰まり、胸の中で心ノ臓と肺腑が暴れまわっている。
 己の限界が、もう、すぐそこまで来ていることが察せられた。屈強な自分でさえこんなに苦しいのだ。
 楓はもっと苦しいだろう。否、華奢でか弱い姫のこと。もうすでに死んでしまっているやもしれぬ。
 すぐさま飛んでいって楓を助けたい。だが、かなしいことに身体はぴくりとも動かなかった。
 年端もいかぬ姫を、敵の素性もわからぬ戦いの場に同道してしまった。森の外に待機させておけばよかったのだ。
 指揮官気取りでいながら、一番大事なことをしくじった。本当に俺は大馬鹿野郎だ。後悔にさいなまれ、勘吾はぎりぎりと歯軋りをした。
 突然右京が叫んだ。
「伏せろっ!」
 訳がわからぬまま地面に身を投げ出す。一瞬遅れて轟音が響き、地面がゆさゆさと地震のように揺れた。
 また木々が一斉に、ごうっと枝を鳴らす。此度のそれは先程と違い、まるで怒号のように感じられた。
 やがてぱちぱちと木のはぜる音と共に、きな臭いにおいが漂い始める。勘吾は、風が弱まっていることにふと気がついた。
 木の葉の粘着力も落ちているようだ。
『しめた! 手が動くぞ!』
 勘吾は慌てて口の周りの木の葉を払い落とした。肺腑が空気をむさぼろうとして、ふいごのように鳴る。
 咳込みながら勘吾は、まろぶようにして楓の元へ走った。
「姫っ! 大事無いか!」
 小さな身体を抱え上げ、顔に張り付いている木の葉を落とす。だが楓はぐったりと目を閉じていた。
 紫色のくちびる。ほおにも血の気が無く紙のように白い。
 勘吾の胃ノ腑が誰かにつかまれでもしたかのように、ぎゅっと縮み上がった。脇の下をつうっと汗が流れる。
「姫っ! 姫っ!」
 勘吾は楓のほおをぴしゃぴしゃとたたき、身体を揺さぶった。だが、手足をだらりとさせたまま、楓の意識は戻らない。
 このままでは埒が開かないと悟った勘吾は、楓を地面に座らせると両肩を支え、膝で背中をぐっと押した。
「……うーん……」
 かすかな呻き声と共に、楓が眉根を寄せる。
「気が付かれたか! 姫!」
 長い睫毛がしばしばと動いたかと思うと、楓がぱちりと目を開けた。唇とほおに、花が色づくかのごとくうっすらと赤みがさす。
「よかった……」
 勘吾の身体を、喜びが金色の矢となって突き抜けた。鼻の奥がつんとしたとたん、滲んだ涙で視界がぼやける。
「うるさい」
「は?」
「せっかく人が気持ち良う寝ておったというに、勘吾が大声で騒ぐゆえ、目が覚めてしもうたではないか」
 やれやれ……。命が助かったとたんのこの言い様。
だがまあ、これもまた姫らしゅうて良いか。もう少しで、減らず口もたたけぬようになるところであったのだからな。
「それはご無礼つかまつった」
 勘吾は苦笑いしながら頭を下げた。楓は傲然と肩をそびやかしたが、勘吾の顔を見てふと眉をひそめた。
「なんじゃ? 鼻水が垂れておるぞ。まこと情けないやつ」
 幸いなことに、全員が無事だった。男たちは身体から木の葉を払い落とすと、落ちている木切れに油をしみこませた布を巻きつけてたいまつを作り、森のあちらこちらに火をつけて回った。
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 一行は風上の安全な場所で、森が燃えるのを見つめていた。
 あのとき右京は、手製の爆弾を森の中心へ向かって投げたのであった。油をしみこませた綿を糸で巻き、火薬を含んだ膠で固めた小さな爆弾を多数、紙を張り重ねた球形の器に入れ、導火線をつけたものである。
 爆発と同時に、広範囲に火が降り注ぐ仕組みになっていた。
 最初の魔物の属性は木で、森の中心にそれはあったのだろう。その木に火がついたため、風と木の葉の攻撃が弱まったのだと思われた。
「右京のお陰で助かった。そうでなければ、もう少しで葉っぱの化け物に殺されちまうところだった」
 十蔵が腕で額の汗をぬぐった。命が助かった安堵感に包まれると、それにしてもと怒りが頭をもたげてくる。
『役立たずの小僧め。火さえ出せぬとは、半人前以下ではないか。いったい何のための修験者なのだ』
 殴り飛ばしてやろうと十蔵が思った瞬間。
「この、役立たず!」という叫び声と共に、ぴしっという音がした。楓が、力任せに真海のほおを平手でたたいたのだ。
「ごめんなさい」
 さすがの真海も毒舌を返すどころではなく、素直に詫びを言い頭を下げた。背中が、心なしかいつにもまして小さく見える。
「ごめんですむか! 我らは死にかけたのだぞ! お前は修験者であろう! 火すら出せぬとはなんということ! 大口をたたきおって! 恥を知れ!」
 思いつく限りの罵詈雑言を並べ立てているのであろう。楓は怒りに身を震わせ、肩で息をしていた。ほおが紅潮している。
 楓のあまりの剣幕の激しさに、十蔵の怒りは引っ込んでしまった。それどころか、真海のことが気の毒になる。
「まあ、姫。皆助かったことじゃし。ひねくれ者の真海が素直に謝ったということは、こやつにもよほどこたえたのでござろう。もう許しておやりなされ」
 惣右衛門の助け舟に男たちもうなずく。楓はしばらく物も言わずに真海をにらみつけていたが、やがてぷいと顔をそむけ、向こうへすたすたと歩いて行ってしまった。
 楓が充分遠くへ離れてたのを確認してから、惣右衛門は真海の目を見ながら厳しい声音で言った。
「真海、このような不始末、二度としでかすでないぞ」
「はい」と答えて、再び真海が目を伏せる。
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「うわああっ!」
 真海は跳ね起きた。時刻は、真夜中を過ぎたところである。他の者たちは、皆思い思いの格好をしてぐっすり眠っていた。
 叫んだのは、どうやら夢の中でのことだったらしい。深いため息をついて真海は再び地面にごろりと寝転んだ。
 今夜は野宿だが寒くはなかった。鼻腔に飛び込んできた草の青臭ささが、真海に森での戦いを思い起こさせた。。
『なぜ火が出せなかったのだろう』
 今まで一度もあんなことはなかったのに。何度考えてもどうしてもわからなかった。
 真海は顔の前に右手をかざし念じてみた。
『火よ、出でよ』
 一瞬後、人差し指の先で、明るい光を放って小さな火が燃え始める。
「出せるではないか」
 思いがけなく声をかけられ、真海は驚いて身を起こした。
「姫……」
「さっき飛び起きたのは、何ぞ悪い夢でもみたのか」
 真海は、こくりとうなずいた。
「……姫もそうなのか?」
 ゆっくりと楓がかぶりを振る。
「お前が飛び起きたせいで目が覚めてしもうた。迷惑なやつよ」
 それは嘘だと真海は思った。もしそうならば、真海が跳ね起きるところを目撃することはできぬはず。
 しかし真海は黙っていた。戦いのときの己のしくじり思うと、楓と言い争いをする気にはとてもなれなかったのだ。
 楓があごをしゃくり、小声で言った。
「向こうへ行こう。爺が目を覚ますとまたぶつぶつ小言を言われる。爺の小言は長いゆえ好かぬ。あちらで話し相手をせよ」
 少し離れた草原に無造作に腰をおろし、楓はひざをかかえた。真海も並んで胡坐をかく。
 言葉をさがすかのように楓はしばらく黙していたが、やがて口を開いた。
「何の夢をみたのだ」
「赤ん坊の頃の夢を……」
 はぐらかすこともできたが、真海は包み隠さず答えることにした。普段なら絶対にしないことなのだが……。
 もしかしたら、昼間のことが尾を引いているせいなのやもしれなかった
     *
 高岡源介はうつらうつらしていた。額に置かれている濡れた布が心地よい。また熱が出ているのだろう。
 源介は落武者だった。戦いに敗れ傷を負い、小舟に逃れて仲間と共に海に漕ぎ出したものの、運悪く嵐に遭遇してこの村に漂着したのだ。
 八重という若い海女が源介を助けてくれた。看病もしてくれている。八重の話では、他には誰も行き倒れてはいなかったという。
 仲間たちは皆、サメの餌食になったものか。それとも海の藻屑と消えたのであろうか。
 太ももの槍傷は深く出血も激しかった。ろくな手当てもせず、長らく海につかっていたのが悪かったのだろう。
 傷は膿んで七日も高い熱が続いた。それから十日。まだ床を上げられないでいる。
 八重はよく世話をしてくれていた。傷薬を塗り薬草を煎じ、身体を拭いて寝巻きも取り替えてくれる。食事にも気を配っていた。
「源介さま……」
 口にさじが当たり、ぷるりとした何か小さな丸いものが流し込まれた。
「かまずに、飲み込んで」
 言われた通りに飲み下す。
「今のは何だ? 何かこう、変わった舌触りであったが」
「赤子の目玉」
 事も無げに答えた八重に、源介は驚いて身を起こした。火がついたように泣く赤子の声が耳に飛び込んでくる。
「八重! お前、まさか己の子の目玉を!」
 うなずくと、八重は赤いつやつやしたくちびるをほころばせ、にっこりと笑った。あでやかで妖艶なその笑みに源介は総毛立った。
「聞いたことがあるのです。傷には赤子の目玉と生き肝が良いと。源介さま、早くよくなってくださいまし」
 しなだれかかりながら、はだけた寝巻きからのぞく源介のたくましい胸を、八重がうれしそうになでさする。
 八重は寡婦だった。漁師だった夫は嵐で舟が転覆し、赤子が生まれる前に亡くなったらしい。
 あまりのことに呆然としている源介の首にゆるりと手を回すと、耳に口をつけ、熱い吐息と共に八重はささやいた。
「もう片方の目と、生き肝を持ってくる」
 いそいそと立ち上がったその背中に、源介が抜き打ちで斬りつける。
「どうして……」
 八重はつぶやき事切れた。
     *
「覚えているはずはないのに何度も夢にみる。目に迫ってくる小刀の刃。ギラリと光ったかと思うと、一瞬のうちにあたりが真っ赤になって。身体を貫く痛み。けらけらと笑う女の顔。そして、鬼のような形相で斬りつける父上……。父上は、血の繋がっていない俺を男手ひとつで育ててくれた。町に出て、読み書きを教えたり、文の代筆をしたり、看板を書いたり、いろんなことをして。でも、俺が七つのときに病で亡くなって……。自分が死ぬことがわかっていたのだと思う。真衛和尚に俺のことを頼んでおいてくれた。『すまぬ』。それが最期の言葉だった。ちっとも悪くなんかないのに」
 一気に語り終えた真海は、楓に気取られぬようほうっと小さく息を吐いた。我知らず固く両の拳を握っていたせいで、手のひらに汗をかいている。
ぬるぬるして気持ちが悪い。真海はそっと両の手のひらを着物でぬぐった。
 楓はひざをかかえたまま、無言でうつむいていた。髪が垂れているせいで表情はわからない。
 やはりお姫様には刺激が強すぎる話だったと真海が後悔しかけたとき、つぶやきが聞こえた。
「母上の最期の言葉は、『強い子になりなされ』だった」
「母上はいつ?」
「五年前」
 そして楓はついこの間、ほんの半月程前に、今度は父上に死に別れたのだったと真海は改めて思った。
 どちらからともなく、楓と真海は夜空を見上げた。満天の星と満月に近い形をした月が見える。
「火を出せなんだのは初陣だったからじゃ」
 星を見つめたままぽつんと楓が言った。
「え?」
 驚いた真海が、まじまじと楓の横顔を見つめる。
『もしや俺をなぐさめてくれているのか? いや、そのようなことがあるはずがない。またどうせお姫様の気まぐれに違いない』
「初陣というものはとかく緊張するものらしい。爺など、小便を漏らしたと申しておった。気持が悪いので洗濯しようと川に入ったら、敵と鉢合わせしてしもうてもう少しで死ぬところだったんだと」
 真海は思わずふき出した。あの落ち着き払った百戦錬磨の惣右衛門にも、そういう時があったのだ。
『初陣か……。緊張し過ぎて術が遣えなんだというわけか。なんだ、そうであったのか。俺としたことが……』
 己の失態の理由が判明して、真海の心はふっと軽くなった。
「誰もが一度は通る道じゃ。だから元気を出せ。だが、勘違いするな。これはお前を気遣うて言うておるのではないぞ。お前は少しだけましじゃが、他の者どもはあきれるほど阿呆ばかり。阿呆と話をするのは好かぬからの。さて、私はもう寝るぞ。起きておるのはお前の勝手じゃが、寝過ごすな」
 楓は勢いよく立ち上がり、じろりと真海の顔を一瞥するとぷいっと顔をそむけた。そのまますたすたと寝床に戻って無造作に横になった。
『一瞬でも姫に感謝してしもうた、愚かな己が恥ずかしいわ。ほんにわがままで自分勝手で口の減らぬやつよ……』
 心の中で思いつく限りの悪口を並べ立てながら、真海はまた空を見上げた。
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 一夜明け、森はすっかり焼け落ちていた。だが、火は完全には消えてはおらず、あちこちでぶすぶすとくすぶり白い煙が立ち上っている。
「真海、足元に気をつけろ。姫は俺がかついでいこう」
 勘吾が楓をひょいと肩にのせる。
 森の中心には、炭と化した大木が八尺ほど残っている。幹は大人が三人手をつないだくらいの太さだ。
「魔物の正体はこれか?」
 ぺたぺたと幹をたたく勘吾に、惣右衛門がうなずく。
「おそらく」
 木には大きなうろがあった。興味深そうにのぞき込んだ十蔵が、あっと声をあげる。
「人の骨がある。ここで死んだのだな」
 骨はその大きさからして、大人の男であると推察された。うつ伏せの状態で亡くなっている。
 惣右衛門が腕組みをしたままつぶやいた。
「病か、それとも落ち武者狩りを逃れてのことか。ここに隠れてそのままになったのであろう」
「隠れたのではなく、押し込められたんだ」
 皆が一斉に真海を振り返った。
「生きたまま押し込められて、もがき苦しみながら死んだ。その怨念を木が吸い上げて魔物になった」
「なぜわかる」
「見えたんだ。今さっき。まだ若い男だった。男の許婚に目をつけた村長が、邪魔者を罪に陥れた」
「むう」
 右京がうなりながらあごをなでた。久兵衛はあたりを見回し、使えそうな木切れを拾って穴を掘り始めた。
 十蔵と右京、勘吾も加わる。
「これ! 姫! なりませぬぞ!」
 突然駆け出した楓の背中に、惣右衛門が怒鳴った。
「大丈夫じゃ! 危ないことはせぬ!」
 振り向かずに声だけを投げ返し、楓がそのまま走り去る。
 穴の底に、真海はそっと骨を置いた。塩を撒き、香油をふりかける。数珠を手繰って経を唱えた。
「土をかけてもよいか」
 尋ねる勘吾に真海がうなずく。男たちが穴を埋め土饅頭を作る間も、真海は経を唱え続けた。
 やがて楓が戻ってきて、出来上がった墓の上に白い小さな野の花をたくさん撒いた。合掌し、頭を垂れて皆で祈る。
「成仏できたであろうか」
 ぽつりとつぶやいた楓に、そっけなく真海が答えた。
「火はすべてを浄化する」
「ひとりごとじゃ。答えぬでもよい」
 ふくれっ面で言い捨てた楓は、ずんずんと歩いて行き、木のうろをのぞいた。明らかにおっかなびっくりで腰が引けていたが、指摘する馬鹿はいなかった。
 おずおずとうろの中に入ると、足元がぼうっと光った。
「何じゃ?」
 楓は怖さも忘れて思わずしゃがみ込み、まだあたたかい灰を素手で掘った。だんだん光が強くなる。
 手がまっ黒になるのもかまわず夢中で掘り返していると、やがてかつんという硬い感触に行き当たった。
「玉じゃ! 玉が出てきた!」
 叫びながら飛び出してきた楓に、皆が走り寄る。楓の両手のひらにすっぽりおさまる程の大きさの白い玉は、神々しい光を放って輝いていた。
「女にくれてやったら喜ぶぞ」
「何やらうまそうな」
「いくらで売れるかの」
 勘吾は槍の石突で、仲間たちの尻を小突いた。
「痛いではないか」
「おぬしらは、一体何を考えておるのだ」
「冗談にきまっておろうが」
 尻をさすりながら口をとがらせる十蔵に、勘吾は顔をしかめた。
「嘘をつけ。目が真剣だったぞ」
「姫、お手柄でござった」
 喜ぶ惣右衛門に、楓はつまらなさそうに答えた。
「手柄というほどのものではない。足元が光っておったゆえ、掘ってみたら出てきたというだけのことじゃ」
 楓の小憎らしい言い様をまったく気にする様子もなく、惣右衛門はそっと玉を受け取りしげしげとながめた。
「ひとつ目の玉じゃな。何か力が宿っておるのか。どうだ、真海」
 差し出された玉を握って、真海は目を閉じた。
「力は感じますが、俺には使えません」
 すかさず楓が謗(そし)った。
「半人前」
「これ、姫」
 惣右衛門が苦笑する。玉を返そうとする真海に、惣右衛門は言った。
「そなたが預かっておいてくれ。わしが持っていても何の役にも立たぬ」
「真海が持っておっても、何の役にもたたぬわ」
「言い返せ、真海」
 思わずけしかけた惣右衛門に、表情一つ変えることなく真海がしらしらと言い放った。
「惣右衛門様。所詮子どもの申すこと。捨て置けばよいと俺は思いますゆえ」
途端に楓が血相を変える。
「私は子どもではないっ!」
「子どもと言われて腹を立てるは、子どもであることのなによりの証」
 楓が歯噛みをしながら地団太を踏んだ……。

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