見出し画像

すべての人の"思春期"を解放する。『しろいろの街の、その骨の体温の』

「あんたくらいの子は、自分のことを世界で一番醜いと思っているか、可愛いと思っているか、どっちかなんだから。白雪姫の鏡が、故障しているようなもんなのよ」

読み終わってから、まだ少し胸がドキドキしている。そんな物語と出会えたのが、なんと幸福なことか…

村田沙耶香さんの『しろいろの街の、その骨の体温の』の帯には、「学校が嫌いだった人たちへおくる、教室の物語」とあるが、正しくは「学校のなかにある謎ルールと、それに従う人たちと、それに違和感を覚えながらも従うしかない自分」が嫌いだった人たちに贈りたいものかもしれない。

小学4年生の主人公・結佳は、3人組のグループ。表面上はみんなで仲良くしているが、ひとりの子に対してはちょっと憧れがあり、もうひとりの子に対しては少し馬鹿にしている。もちろん態度には出さない。

「秘密を持ってきたら、私の秘密を教えてあげる!」
「おそろいのノートを買いにいこう」
「私のほうが、◯◯ちゃんと仲良いもん」
「私たち、ずっと仲良しでいようね」

自分たちが小学生だったころ、同じように交わした約束が、まるで消えない傷のように胸の奥でヒリヒリと傷むのを感じた。

女子は「約束」という絆で結ばれている。でも、そんな絆はクラスが変わるだけであっという間に解けてしまう儚いものであることも、私たちは十分わかってる。当時は気づけなかったけれど。筆者はこれを、「女の子たちのねばねばの糸」と表現する。(わかる)

学年が上がり、やがて中学生になると、教室内のヒエラルキーはよりハッキリと可視化されていく。スカートを巻き上げて、バレない範囲でうっすらと化粧を施し、男子とも対等に話せる女子はカースト上位。

何もしてなくても「キモい」と影口を叩かれ、教室の隅に佇むグループは最下位。そして、おとなしい女子たちは上位に嫌われないよう、ましてや最下位にはならないように無難に振る舞う。

主人公はそんなクラスメートを内心では馬鹿にしつつも、決して自分に害が降りかからないように振る舞う。自分はあくまで観察者であるというスタンスに酔いしれて一線を引きながらも、カースト上位の女子には媚びへつらうのだ。

これが歪んだ教室のすべてを表している。上位だろうが下位だろうが、皆が互いのことを心のどこかで見下して、「くだらない」と思いながらそれ以外の生きる術を持たずに振る舞うしかないのだ。

そのなかで、カーストの存在に気づかずに無邪気に誰とも分け隔てなく接することのできる男子・伊吹のことを、主人公は「幸せさん」と呼ぶ。背が小さくて子どものようにやわらかく、無垢なその男子に主人公は歪んだ感情を寄せるが…

ここからは完全に個人的な話だが、この息吹くんが私が中学のときに好きだった男の子にめちゃくちゃ似ていて、読みながらドキドキしてしまった。ちっちゃくて、可愛くて、いつもクラスの中心にいて、すべての人にやさしくて…

物語内で主人公が幾度となく息吹くんを汚すような行為をするのだが、そのたびにわたしは自分の思い出のなかの好きな人を汚されるような思いがした。(※完全に私情です)

この物語には、すべての人が忘れかけている古びたアルバムをこじ開けてくる力がある。

今まで思い出したこともなかったような、女子グループ内の小さな嫌がらせや、教室内に漂っていた不穏な空気を思い出して胸が痛んだ。(「ゆっぴ」と呼ばれていた女子の友だちに、「名前パクった」とか言われたわ。そういうどうでもいいことです)

思春期のそうしたモヤモヤを、私たちは特に誰にも言わないまま、そっと心の奥底に閉じ込めて鍵をかけてきた気がする。

今は「そんな狭い箱のなかでの出来事、どうでもいいじゃない」なんて笑い飛ばせるけど、当時はあの箱がすべてで、命にかえてでも守りたいものだった。

朝、登校すれば友だちが手を振って迎え入れてくれること。カースト上位の子が親しげに名前で呼びかけてくれてくすぐったかったこと。男子と普通に話せる自分が誇らしかったこと。手入れのされていないクラスメートの髪の毛を見て、「こうならないようにしよう」と思うこと。仲の良い子と同じグループになれなさそうなとき、「他の人と組むからいいよ」と自分から提案して「自分はひとりじゃない」と言い聞かせること。

それは、生きる術でもあるし、過ちでもある。

ハァ〜しんどいねえ。

当時は、大人になったら大変なことが多いのだと思い込んでいたけれど、大人になった今は、思春期が1番めんどくさくて、1番しんどかったなと思う。

この物語は、そんな箱詰めにされた私たちの心を解放してくれる。270ページほど、ずっとモヤモヤした状態が続くけれど、最後の30ページで駆け抜けるように軽やかに、わたしたちがいっぱい積み重ねてきた過ちを浄化してくれた。

それは、目の前が真っ白になるような凄まじい解放感で、最後の30ページをわたしは何度も読み返してしまった。その圧巻のラストを、どうか見届けてほしい。

大人になっても、あの掃き溜めみたいな教室のような場所でまだ懸命に生きている人がいると思う。そんな人にこそ読んでほしい作品だと思う。

「私には値札がついていて、その数字がすごく低いんだ。でも、私、それとは関係なしに、すごく綺麗みたい」


この記事が参加している募集

読書感想文

サポートは牛乳ぷりん貯金しましゅ