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オバサンのイヤイヤ期

こどもというのは、とかく騒々しいものだ。

自分に娘ができてはじめて、こどもってなんてうるさくって激しくって、熱量の大きないきものなんだろうと、心底驚かされた。

感情の振り幅がとてつもなく広く、気分がジェットコースターのようにめまぐるしく変化する彼女は、毎日朝から晩まで全力で生ききって、死んだように眠りにつく。

なんてダイナミックな人生を生きているんだろう。

私はかつてこんなに一日を全力で生きたことがあるだろうか。

でもきっと、みんな自分のことは棚に上げて、すっかり大人になった気分で、あの騒々しかった日々を忘れてしまっただけなのかもしれない。

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とはいえ、どんなに思い返してみても、欲しいものを買ってもらえなくて泣きわめいてみたり、地べたに寝っ転がって駄々をこねたような記憶はまったくない。念のため母親に聞いてみたら「あんたはイヤイヤ期が一切なかった。めちゃくちゃ育てやすい子だった。」という答えが返ってきて、ふーん、やっぱりな、とひとごとみたいに思った。

私は、どうすれば自分の欲しいものが手に入るか、相手の出方を見ながら、最適かつ最短ルートを探して、そして目的を確実に達成できるような、そんな小賢しいこどもだった。

明らかに無理な要求をして、親の気分を損ねるなんてバカじゃないか、と思っていた。手段を選んで正しい角度から攻めれば、それがおもちゃでも本でも洋服でも、先生の評価でもクラス内のポジションでも好きになった男でも、望んだものはたいてい手に入った。

まったく、イヤな女。

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そうやっていつでも最適解を求める癖は、大人になっても続いた。

職場で差し入れのケーキを選ぶとき、いつだって3番手くらいで、次のあの子が取りそうなのは避けて、同じのが2つあるなかから選ぶ、みたいなことは、もう呼吸をするレベルで自然に身についている。

苦手なタイプの人とトラブルになるような距離感までは近づかない。めんどくさいからリーダーにはなりたくないけど、あの人は何もやってないと言われない程度にはチームに貢献する。

どこにいっても、それなりに人とうまくやっていける、そういう立ち位置でずっと生きてきた。そして、それが特に苦でもないと思っていた。自分が立ち回ることで物事がスムーズに運ぶこと、をよしとしてきたからだ。

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そんな私の前に、ある日突然現れたのが、イヤイヤ期の1歳女子、だった。

正確にはまだ1歳半にも満たない、カタコトの未知の生物だ。


そいつはいきなり、全力でキレる。

理由は、ささいなことだ。

家の玄関の鍵は私が閉めたかった!とか、背丈より長いカバンの持ち手を自分で持つの!とか、逆さまに履いてしまった靴を断固として履き替えない!とか、そういった諸々のクレームを、四六時中、突発的に、全身全霊で、主張してくる。

そもそも、イヤイヤ期という厄介なものがあることはちゃんと知っていた。
だいたい2歳を過ぎたあたりで現れると、先輩ママたちからさんざん聞かされていた。

が、思っていたより少し早くはないか?

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ご機嫌を取ろうとなだめすかしても、魅力的な代替案を出してみても、傾聴と共感を駆使してその場をやり過ごそうとしても、だめなものはだめだ。とにかくなにをしてもやつには通じない。

最適解が分からない。人生で初めての経験だ。

こんなにも、理不尽かつ、不道理極まりない、滅茶苦茶な論理の自己主張をしてくる人間に、私は出会ったことがない。

こうして、私はその最凶のクレーマーと、ゆうに4年を超える日々を共に過ごすこととなった。

ん?思っていたより少し長くはないか?

こちらまで否応なくジェットコースターに乗せられたような毎日で、腹を立てたり、疲れ果てたり、人としてありとあらゆる感情を味わわせてもらったが、それらも今となってはもう、全部が遠い想い出だ。

すっかり成長して、いっぱしに道理の通るようになった娘は「あの頃のあたしひどかったよねー」なんて、あっけらかんと笑っている。

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そしてめでたく中年と呼ばれる歳になった私は、節目の年を迎え、ふと思い立って突然のイヤイヤ期宣言をしてみた。


「これまではなんでもあなた中心に考えて、自分の気持ちは二の次にしてきたけど、これからは、自分のしたいようにする。だから、いくらこどもの頼みでも、イヤな時はイヤって言う!言っとくけど、ここから少なくとも4年は続くからよろしくね!」


「はー??なにそれ!?オバサンのイヤイヤ期とか、マジで一番めんどくさいから!本当やめてよー。」


いきなりなんなんだコイツ、手に負えないって顔をして、娘がボヤいている。

知ったことか。ざまあみろ。



世の中なんて、理不尽なことばっかりなんだ。

自分の手で、その先を切り開いていけ。



母と娘の不毛な戦いは、つづく。

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