蒼記みなみ

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[ショートショート]NDAバー

ビルの高層にあるバーのカウンターで、俺はグラスを傾けていた。 夜景を見ながら、店内の会話に耳を傾けているのだが、肝心なところで「ピー」という音が入る。 机に置か…

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[ショートショート]機内持ち込み不可

空港に着くと、カウンターへ向かう。 チケットを買い、セキュリティチェックへ。 すぐに終わるはずだった。 ゲートを抜けるとき、ブザーが鳴った。 係員が重量超過と告げ…

蒼記みなみ
1か月前
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[ショートショート]字幕派の宇宙人

辺境の宇宙ステーションにあるバーは、多様な種族の者でごった返していた。 運び屋の俺は、パートナーのレイと一緒に次の仕事を探している。 席に着き、ビールを注文する…

蒼記みなみ
1か月前
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[ショートショート]そばをふるまう桜

徹夜明けの朝。 職場を出た俺は、家路を急いでいた。 何かにぶつかり、顔を上げると、柄の悪そうな男が三人。 無言で俺を取り囲んだ。 そこへ、自転車のベルの音がした。…

蒼記みなみ
1か月前
2

[ショートショート]レンタル時間

深夜11時半、原稿の〆切まであと30分。 推敲にはまだ半日はかかりそうだ。 仕方ない、最後の手段を使おう。 私は上着を羽織って外に出た。 春先とはいえ夜風はまだ冷…

蒼記みなみ
1か月前
2

キャット・ヒーロー

春風が桜を舞い上げていく。 初めて見る景色を楽しみながら道を進む。 引っ越しが終わり、今日から新生活だ。 と、向こうから三毛猫が歩いてきた。口に何かくわえている。…

蒼記みなみ
1か月前
1

伝家のほうとう

山梨県の西にある、歴史ある食堂に来ていた。 戦国時代の食事が再現されているというので食べに来たのだ。 出てきたのは太いうどんのような麺、「ほうとう」だ。 味噌の香…

蒼記みなみ
1か月前
1

砂の魔女

広大な砂漠に囲まれた、とある小国。 何もない砂漠で、この国だけは豊かに成長していた。 この国には、砂の魔女と呼ばれた魔法使いがいた。 念じたものを砂に変える魔法を…

蒼記みなみ
2か月前
2

犠牲フライ

飛び魚ってご存じですか? 海面を滑るように飛行する魚です。 その中に「一番魚」と呼ばれる魚がいます。 ファーストペンギンってありますよね。最初に海に飛び込む勇気の…

蒼記みなみ
2か月前

栞小説

今日が〆切。 真っ白なノートを拡げ、アイデアを書き始める。 心配は要らない。私は「栞小説家」だからだ。 本を買うと栞がついてくる。 新刊の広告だったり、その本のイ…

蒼記みなみ
2か月前
2

スーツを着るテスト用紙

採用試験の会場で、俺は頭を抱えた。 スーツ着用でと言われたので、リクルートスーツで来てみた。 だが、会場にいたのは── 銀色に輝く金属の鎧。 身体にぴったりと張り…

蒼記みなみ
3か月前

再利用の迷子

ある小国に「怒気回収業」という仕事があった。 怒りは人間関係を壊し、社会を歪めてしまう。 そこで怒りを回収、エネルギーに変換する仕組みを作った。 街には、怒気の…

蒼記みなみ
3か月前

未来へ戻る手帳

新年。 新しい手帳を開くとそこには、覚えのない予定が私の字で書かれていた。 今日の予定は、打ち合わせと書類の作成とある。 実際にその通りで、1月は手帳に書かれた通…

蒼記みなみ
3か月前

クリスマス・ケトル

師走も半ば。 道行く人々は、足早に歩いていく。 それに混じって進むと、赤いティーポットを持った集団がいた。 自分のことに精一杯で、気を向ける余裕はなかった。 俯いて…

蒼記みなみ
4か月前
1

かっ飛ばす欠席届

朝、目が醒めたら頭が痛い。 半身を起こすと、ぐらりと視界が揺れた。風邪だろうか。しかたない、今日は学校を休もう。 欠席届を書き、小さな金属のケースに入れる。 ふら…

蒼記みなみ
5か月前
2

豆をひく雪だるま

昔むかし、北国の森に、一人の雪だるまが住んでいました。 雪だるまは雹(ひょう)が降ると、外に木の枝や板を並べます。 それぞれが違う音を鳴らし、まるで合奏している…

蒼記みなみ
5か月前
2
[ショートショート]NDAバー

[ショートショート]NDAバー

ビルの高層にあるバーのカウンターで、俺はグラスを傾けていた。

夜景を見ながら、店内の会話に耳を傾けているのだが、肝心なところで「ピー」という音が入る。
机に置かれた名刺を盗み見れば、社名以外は黒塗りだ。

客は皆、ARグラスとヘッドホンを付けていた。
当然、俺もだ。

近くに大好きなミュージシャンがいるが、ヘッドホンのせいで声は聞こえない。
どうしても我慢できなくなって、ちょっとだけ、とヘッドホ

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[ショートショート]機内持ち込み不可

[ショートショート]機内持ち込み不可

空港に着くと、カウンターへ向かう。
チケットを買い、セキュリティチェックへ。
すぐに終わるはずだった。

ゲートを抜けるとき、ブザーが鳴った。
係員が重量超過と告げる。
そんなはずはない。持ち物は財布だけだし、体重も平均値だ。

この世界では、「モノを持つこと」が制限されていた。
所持品の重さに課税され、移動も制限される。
でも、持ち物は財布しかない。中身も(自慢じゃないが)相当軽い。

なんと、

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[ショートショート]字幕派の宇宙人

[ショートショート]字幕派の宇宙人

辺境の宇宙ステーションにあるバーは、多様な種族の者でごった返していた。
運び屋の俺は、パートナーのレイと一緒に次の仕事を探している。

席に着き、ビールを注文する。
レイに目配せすると「私も同じものにする」と字幕が頭上に現れた。
彼女は言葉を字幕で伝える。最初は驚いたが、すっかり慣れた。
雑談をしながらビールを待つ。

──どぉん!

視界が揺れ、俺は床に投げ出された。
テーブルや酒が飛び散り、警

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[ショートショート]そばをふるまう桜

[ショートショート]そばをふるまう桜

徹夜明けの朝。
職場を出た俺は、家路を急いでいた。

何かにぶつかり、顔を上げると、柄の悪そうな男が三人。
無言で俺を取り囲んだ。

そこへ、自転車のベルの音がした。
「なんでいなんでい。朝からもめ事たぁ、穏やかじゃねぇなぁ」
オヤジの声に顔を上げる。
自転車に乗り、片手にどんぶりを高く積み上げて持った──桜の木が、いた。

男たちは奇妙な乱入者に顔を見合わせ、掴みかかった。
オヤジはどんぶりを空

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[ショートショート]レンタル時間

[ショートショート]レンタル時間

深夜11時半、原稿の〆切まであと30分。
推敲にはまだ半日はかかりそうだ。
仕方ない、最後の手段を使おう。

私は上着を羽織って外に出た。
春先とはいえ夜風はまだ冷たい中、早足で駅へと向かった。
真っ暗な駅前商店街に、1つだけ電気が灯る店がある。
レンタルショップ、とだけ書かれた店に入ると、時計は11時45分を指していた。

カウンターで「6……いや、12時間」と告げる。
白髪の店員は驚いた顔を上

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キャット・ヒーロー

キャット・ヒーロー

春風が桜を舞い上げていく。
初めて見る景色を楽しみながら道を進む。
引っ越しが終わり、今日から新生活だ。

と、向こうから三毛猫が歩いてきた。口に何かくわえている。

後を追うと、公園に着いた。ベンチで男の子が泣いている。
声をかけるか悩んでいると、猫が男の子に近づき、くわえていたものを置いた。
「あ、僕のおさいふ!」
男の子が嬉しそうに言うと、猫はひと声なき、去っていった。

数日後。また猫に出

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伝家のほうとう

伝家のほうとう

山梨県の西にある、歴史ある食堂に来ていた。
戦国時代の食事が再現されているというので食べに来たのだ。

出てきたのは太いうどんのような麺、「ほうとう」だ。
味噌の香りを愉しんだあと、一口すすってみる。
素朴な味噌の味、野菜の甘さが口に広がった。だが、何かが足りない。
帰り際店長に聞いてみると、再現するための最後の一品が分からないのだという。

私も食堂を営む身だ。
考えてみることにした。

翌週店

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砂の魔女

砂の魔女

広大な砂漠に囲まれた、とある小国。
何もない砂漠で、この国だけは豊かに成長していた。

この国には、砂の魔女と呼ばれた魔法使いがいた。
念じたものを砂に変える魔法を使った。

魔女がいたころ、この国は緑豊かだったと伝えられている。
だが、あるとき戦争が起き、時の王は魔女を戦争へと向かわせた。
敵軍を砂に変え、無力化するためだ。
戦いは長引いた。
最後の手段として、国の回りのあらゆるものを砂に変え、

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犠牲フライ

犠牲フライ

飛び魚ってご存じですか?
海面を滑るように飛行する魚です。

その中に「一番魚」と呼ばれる魚がいます。
ファーストペンギンってありますよね。最初に海に飛び込む勇気のあるペンギンです。
あれと同じです。
市場で良い値段がつくので、漁師が狙う魚です。
めったに出会えないのですが、今日は運良く水揚げされていました。
大喜びで購入し、帰宅したところです。

買ったのは十尾で、一尾が一番魚です。
スチロール

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栞小説

栞小説

今日が〆切。
真っ白なノートを拡げ、アイデアを書き始める。
心配は要らない。私は「栞小説家」だからだ。

本を買うと栞がついてくる。
新刊の広告だったり、その本のイラストだったりが印刷されている。
そこに小説を印刷するという企画が通ったのだ。
長編とは違う難しさがあったが、何本も書き上げられるのは快感だった。
手軽に読めるのが好評となり、おかげで仕事も増えている。

複数の栞にわたる話を書いた。

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スーツを着るテスト用紙

スーツを着るテスト用紙

採用試験の会場で、俺は頭を抱えた。

スーツ着用でと言われたので、リクルートスーツで来てみた。
だが、会場にいたのは──
銀色に輝く金属の鎧。
身体にぴったりと張り付いた、原色のシャツにスパッツ、そしてマント。
どこかで見た、ヒーローの変身スーツ姿の受験者だった。

すぐにテストが始まった。
内容は普通の就活の試験で、ほっとしたのもつかの間。
最後の問題にまた頭を抱える。

「隣の部屋に来て、必殺

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再利用の迷子

再利用の迷子

ある小国に「怒気回収業」という仕事があった。

怒りは人間関係を壊し、社会を歪めてしまう。
そこで怒りを回収、エネルギーに変換する仕組みを作った。

街には、怒気のリサイクル業者が歩いている。
怒りが生じたら彼らに声をかけ、語る。怒気は回収業者に吸い込まれた、無線で施設へと送られる。
集めた怒気は電気へと変わり、街を動かした。

しかし、一部の強い怒気は再利用できず、破棄するしかなかった。
残った

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未来へ戻る手帳

未来へ戻る手帳

新年。
新しい手帳を開くとそこには、覚えのない予定が私の字で書かれていた。

今日の予定は、打ち合わせと書類の作成とある。
実際にその通りで、1月は手帳に書かれた通りに進んでいった。

3月になり、手帳をめくった。
1日に予定があり、あとは真っ白だ。
最後の予定は、電車に乗って高野山に行く、だ。

高野山のふもとに着くと、白髪の老人に声をかけられた。
「来たと言うことは、手帳を信じたな」
私の誰何

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クリスマス・ケトル

クリスマス・ケトル

師走も半ば。
道行く人々は、足早に歩いていく。
それに混じって進むと、赤いティーポットを持った集団がいた。
自分のことに精一杯で、気を向ける余裕はなかった。
俯いて、前を通り過ぎようとした。

「今年、使い切れそうにないもの、残っていませんかー!」

聞けば、今年やり残したり使い残したものを集め、必要な人に届けているという。
やり残しなんて、正月に決めた目標ぐらいだ。
すると「それ、よかったら寄付

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かっ飛ばす欠席届

かっ飛ばす欠席届

朝、目が醒めたら頭が痛い。
半身を起こすと、ぐらりと視界が揺れた。風邪だろうか。しかたない、今日は学校を休もう。

欠席届を書き、小さな金属のケースに入れる。
ふらつく足で、庭にある鳩舎へ向かった。
鳩の足にケースを取り付け、空へと放つ。鳩はくるりと旋回した後、学校へ飛んでいった。

まったく、面倒だ。

伝書鳩は不達や行方不明がたびたび起きる。生き物だから、世話も必要だ。
かつては、欠席届はメー

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豆をひく雪だるま

豆をひく雪だるま

昔むかし、北国の森に、一人の雪だるまが住んでいました。

雪だるまは雹(ひょう)が降ると、外に木の枝や板を並べます。
それぞれが違う音を鳴らし、まるで合奏しているようでした。
いつしか、森の動物たちが集まり、雪だるまの音楽会は評判になりました。

ところが。
その年の冬は、いつになく暖かくなりました。
雪だるまは体調を崩し、寝込んでしまいます。

心配した動物たちは、雪だるまを元気づけようと知恵を

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