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白昼夢に襲われて


 見終わったあと、フラフラと熱に浮かされたように夜の街を歩いて帰路についた。
 その間、ずっと背中はざわざわと嫌な予感が去らなくて、なんとなく振り向いてしまう。思わず早足にもなって、終電で帰ったんだから用心にこしたことはないよね、と部屋に鍵を閉めて誰にでもなく言い訳をした。

 『アンダー・ザ・シルバーレイク』は、本当に不思議な感覚を私に与えてくれた。2時間20分と、結構長めなのに飽きることはなく。テンポよく、次々といろんなネタを放り込まれるもんだから、こちらとしても処理が追い付けない。
 それに、アンドリュー・ガーフィールドを見るのにも忙しい。あんなに無気力のムキムキな引きこもりいてたまるかよ、と思うが、アメリカンギークはジャパニーズギークとはきっと違うのである。めっちゃいい身体してたよ、本当。
 気持ち悪い走り方も、ガーフィールド演じるサムの視線(主に女性の尻)も、トマトジュース風呂に浸かった情けない表情も良かった。
 ちょろちょろと彼の出演作は観ているのだが、こんなに意識して観たのは初めてだ。いいよ、ガーフィールド。私は大きなクッキーを一回で口に放り込むところがいっとう好きだ。

 『アンダー・ザ・シルバーレイク』は、無気力な引きこもりサムが、隣の女の子・サラに恋をしたことから始まる。彼女はサムと言葉を交わした次の日に姿を消して、これは何か大きな陰謀があるに違いない……!そうサムは確信するのである。

 この映画の主人公・サムは、大人と子どもの間をさまよっているような男だ。仕事の調子はどう?と聞かれるのを嫌がり(無職だから)、いたずらをする子どもを思い切り殴り、家賃を払う術は画策せずに自分の興味が向いたところにフラフラと出かける……理性が育った大人とは思えない。パジャマのような姿で街中歩くとか、そんなに見かけないぞ、本当。
 しかも、動くキッカケは付き合ってもいない女の子。どうして僕に引っ越すことを教えてくれなかったんだ!とキレてるシーンがあるけれど、そりゃあそうだろ……キスしてようが、君はほぼ他人だよ、たぶん。
 ちなみに、彼女はいるし、普通にセックスもする。彼女の方がサムを好きで、サムからの矢印はあまり向いていないようだったが。

 サラが消えたことで、サムは自分の住むシルバーレイクには大きな陰謀があるのではないかと考える。都市伝説的なやつが潜んでいるに違いない!
 不自然な死を遂げた大物、消えた女の子、海賊、レコード、犬殺し……とにかく一気にサムのところに集まりだした情報を基に、彼はシルバーレイクに潜む謎に挑むのである。

 正直、私はあまり期待していなかった。ミステリーとかサスペンスとかって難しいし。小説も読んでてガッカリすることが多いから、最近はその辺はノータッチ。探偵が犯人だったりするとめちゃくちゃ興ざめだし、それが絶賛されているのを見ると発狂したくなるからだ。

 だから、今回もなんとなくオシャレなちょっと怖いミステリーでしょ?くらいのノリで観たのだが、心の底から謝りたい。

これ、めちゃくちゃ面白い。というか、大好きだ。好き嫌いは分かれそうだが、私はどっぷりこの映画の持つ雰囲気にのみ込まれてしまった。

 どれが現実なのか幻なのか分からない映像が止めどなく流れてくる。もちろん、注意深く見れば分かるし、すぐに脳の混乱を抑えることができる。しかし、それを繰り返されてみてほしい。もう、自分が映画を観ていることすら夢なんじゃないかと思えてくるから。

 そして、襲ってくるホラーにスリラーにエロスにカルト。なに映画か全く分からないんだけど、そういう枠組みすらもバカバカしいってことか。ただでさえアホに近い脳みそが、さらにバカになって、いつの間にかサムへの愛が止まらなくなっている。ロクな奴じゃないのにね、本当。

 そして、溢れ出るパロにメタにこちらはついていけてない。たぶん、多すぎるからついてけなくても怒られない(……はず)。

 しかし、これは観る人によってラストの印象は大きく変わってきそう。見終わってから、鼻息荒くたくさんの人のレビューを覗いた。
 十人十色、絶賛する人もいれば、そんなに……という人もいる。

 私は手放しに、大好きだぞー!と叫びたい派。とにかく雰囲気がすごく好みで、頭を空っぽにして見ているとゾクゾクと恐怖に胸を鷲掴みにされる感じがたまらなかった。身体がふわふわと浮いてくるような、まさに“白昼夢”を感じれる作品だ。

 こういうの待ってた!と身もだえしてしまった。サブカルネタ豊富だし、もはやどれがネタかも分からなくなってるけれどストーリーに引き込まれていって……しっちゃかめっちゃかである。でも、とにかく楽しかった。映画を観て生まれる感覚とは思えない何かに思考を奪われた。

 話は変わるが、この作品は『悪魔版ラ・ラ・ランド』と評されている。
 なんでもビッグネームかぶせれば観たくなると思ってさぁ~とぶつぶつ言いたくなったのは『ベイビードライバー』が公開されたとき、“カーチェイサー版『ラ・ラ・ランド』”と評されていたから。たくさんの音楽を使っていること、そしてどちらも素晴らしい音楽で構成されていたことは本当だが、その共通項だけでイコールで結ぶのはおかしくないか。どちらの映画も大好きだけれど、私にはまったく別物に思えるしね。
 映画観ない人を煽るための文句だと分かっていても、なんか納得いかない。だって、それ目当てで観た人は期待外れだと思うじゃない。別物なんだから。

 で、今回。2本の映画は別物だろ……と思った。主人公が無気力だと悪魔?得体のしれない犬殺しや殺人が横行しているから?

 『ラ・ラ・ランド』と『アンダー・ザ・シルバーレイク』の共通項は夢を追う街が舞台であるということか。
 夢を追うものが集まる街、わけのわからないエネルギーが溢れる街で起こったオモテとウラの出来事。パーティーにも行くし、そのパーティーには女優の卵から大物プロデューサーまでさまざまな人が集う。確かに、それは似ているかもしれない。

 でも、なんか違うんだよなぁ。二つの作品を表裏一体みたいな扱いはできない。“似てるから面白い”みたいな考え方、好きになれない。
 ○○版という表現は、これから観る人に余計な先入観を与えるだけだと思う。その作品自体の魅力を、もしかしたら削っているかもしれない表現は控えてもらいたい。

 『アンダー・ザ・シルバーレイク』の持つ雰囲気は他の映画の名前などいらないくらいに魅力的だ。でも、『ラ・ラ・ランド』だけじゃない、たくさんの映画の要素を持っている。パーティーシーンで私は『ナイスガイズ!』を思い出したし、冒頭シーンは『裏窓』。そんな一つの映画の名前でとどまらないのである。
 この作品に限らず、映画はそれぞれの作品ごとに深く広く世界がある。それを狭めることだけは、届ける立場の人にしてほしくはないなぁ。

 話を戻そう。

 これは、シルバーレイクに住むある男の物語だ。無気力で、行動力があって、凝り性で、思い込みが激しくて……そして、信じる力を持つ男が主人公だ。

 この世界には、当たり前だけれどたくさんの人がいる。
 みんな、それぞれの日常を生きながら、夢や希望を抱えて生きている。そんな人たちは、この映画のサムや失踪したサラの気持ちが少し分かるのではないだろうか。
 私は、サムへの感情移入が爆発しておかしくなりそうだった。ラスト、置いてかれたような……まだ同士だよな!と確かめたくなるような。でも、私はサムと同じラインに立ってると信じたい。……ダメな大人というわけではなく。夢を抱える、大人になりきれないしなりたくない人間という意味で。だから、私が考えるラストはまだまだサムの生活は続く!と思ってる。……希望的観測すぎるかな。

 焦燥、羨望、諦め、嫉妬――すべての感情がぐるぐると巡って、現実と夢との境が分からなくなる。

 つまらない毎日が、この映画の余韻でちょっと楽しい。
 最近、私はそんな日々を送っている。

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先日、10時間ほど映画館に籠っておりまして。そのなかからの2本目。『エンジェル、見えない恋人』と『アンダー・ザ・シルバーレイク』は余韻がすごいです。また観たい。

公式サイトではイラストも更新中!「花筐

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