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保護者がPTAに参加すると子供の学力が上がる? 家庭教育の本棚

はじめに

「教育本ブーム」は2015年6月刊行の中室牧子『「学力」の経済学』(ディスカバートゥエンティワン)から始まり、ミューギー・キム/ミセス・パンプキン『一流の育て方』(ダイヤモンド社)など経て、2020年に予定されていた大学入試改革の関連書籍へと繋がっている。

上記の大学入試改革に関する記事が好評だったので、受験に至る以前の「家庭教育」について、以降、4冊の本を通して考える。

『幼児教育の経済学』

最初に紹介するのはジェームズ・J・ヘックマン『幼児教育の経済学』(東洋経済新報社)である。
ベストセラーとなった中室牧子『「学力」の経済学』も多くをヘックマンの研究から論じている。

ヘックマン氏はノーベル経済学賞を受賞した労働経済学者であるが、なぜ労働経済学者が教育を研究したのだろうか。

1つには、教育が労働者の育成に関わっている点がある。
また、例えば失業者に対しての職業訓練という再教育も公的なお金を使って行われるため、やはり教育と労働経済は深い関係があると言える。

そして40年に渡る追跡調査結果に基づく本書の主張は、最も効率良く公的なお金を教育に使うには「幼児」を優先的な対象とすべきであるというものだ。

その理由は、「大学教育」や「失業者への再職業教育」「貧困層への補助金」よりも、幼児教育へ「人」や「お金」を投入した実験のほうが、40年後に大きな経済効果(投資へのリターン)を発揮しただけでなく「望まない10代の妊娠」や「犯罪などの反社会的行動」「高校中退」といった出来事の発生率の低下などが起こったからである。

なぜこのようなことが起こるのか。これは本書では「スキルがスキルをもたらし、能力が未来の能力を育てる(P34)」と表現されている。このように「加速度的」に能力を身に付けていくとすれば、初期の小さな差が、後には大きな差を生んでしまうことになる。

また次に紹介する本、『「学力」の経済学』においては「九九ができないと因数分解ができず、因数分解ができないと微分積分もできません」と表現されている(『「学力」の経済学』P78)。
微分積分を学ぶ段階になってから九九を教えるために公的なお金を投入するよりは、九九の段階で公的な介入をして教えておいたほうが苦労(コスト・費用)が小さいというのはイメージしやすいのではないだろうか。

幼児の環境は、本人に責任のない家庭状況に大きく左右される。
ならば全ての幼児に公的な「人」「お金」を投入すれば、最も公平かつ経済効率的ではないか、というのが本書の立場だ。

そのための財源は税金として、富裕層から多く、貧困層からは少なく徴収すれば良いことになる(P38参照)。

これは貧困層への補助といった「格差が生じてからの再分配」ではなく、本人に責任のない格差発生を未然に防ぐための「事前分配(P39)」という点で大きな意味を持つ。

ただし、この研究が明らかにしたのは以上のような話だけではない。

実はヘックマンの研究では、IQについては「実験対象」と「対象外」との差は、介入の4年後に消失したことも紹介されている。
ただしIQに差はなくなっても、実験対象の子どものほうが継続して学校へ行き、より多くを学ぶことで成績が優秀であったこと、40歳時点で収入が多く、持ち家率が高く、生活保護率や逮捕者率が低かったことが記述されている。

これが、幼児に投資すると、税収が上がり、社会保障費が下がり治安も良くなるといった投資以上のリターンが見込める根拠だ。

これは裏を返すと、教育の成果やその後の社会行動には、IQ以外の部分に重要な要素があるということだ。

非認知能力

本書ではこれを「非認知能力」として紹介している。
この「非認知能力」は以降に紹介する研究でも重要な概念として取り扱われている。

「非認知能力」は「認知力テストでは測定できないもの」、本書では「意欲」「長期的計画をして実行する力」「他人との協働」「社会的・感情的制御」などが挙げられている。

なお本書は、まず著者の主張が記述され、次に各分野の専門家が反論・疑問を呈し、それに著者が再反論する、という少し変わった構成になっている。

反論側の立場は「幼児期だけではなく他にも支援すべきものある」といったものが多く「幼児期の子どもへの公的な支援の有効性」については概ね了解がとれているように思えるが、実験内容や結果そのものに対して懐疑的な立場もある。

例えばチャールズ・マレー「幼少期の介入に否定的な報告もある」、ニール・マクラスキー「ペリー就学前プロジェクトの成果は比較的小さい」などだ。そのような反論・疑問についても耳を傾ける必要があるだろうし、これらに対する著者の再反論に十分な説得力があるかどうかも本書の読みどころだろう。

中室牧子『「学力」の経済学』(ディスカバー・トゥエンティワン)

次に紹介するのは、教育本ブームの火付け役となった中室牧子『「学力」の経済学』だ。

本書はベストセラーといえるほどの売れ行きを見せ、2016年ビジネス書大賞で2位に選ばれた。
書評なども既に多く存在しているので、内容紹介は省略し、ここでは書評等とは違った視点から記述したい。

まず著者は教育経済学者で、本書によれば「教育と経済行動」に関わる領域を専門としている。
ヘックマン氏の労働経済学のように経済政策への提案などへ直接つながる「マクロな経済学」というよりは「ミクロな経済学」による視点の本である。

「ミクロな視点」であるがゆえに「褒めて育てるのは正しいのか」「勉強をご褒美で釣ってはいけないのか」「ゲームは子どもに悪影響があるのか」といった親が持つ身近な疑問が主テーマとなっており、それが読みやすさにつながっている。

一方で、本書ではその内容が「単なる経験則による主張」ではなく「データ等で学術的に立証されたものであること」を伝えようと努力していることが伺える。
例えば本文では読みやすさを重視して図解を用いて専門的な用語は避けつつも、欄外や巻末に専門的な解説を付けるなどの工夫がされている。

また本書は既に紹介した『幼児教育の経済学』のヘックマン氏や、有名な「マシュマロ・テスト」をはじめ、多くの研究実績を分かりやすく紹介している。

それでも、本書は含んでいるコンテンツのボリュームが多いこともあり説明が不十分と思われる部分がある。
そこで、以下では筆者が気付いた部分を2点補いたい。

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4,779字

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