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読書:『N/A』年森瑛

書名:N/A
著者:年森瑛
出版社:文藝春秋(文學界)
発行日:2022/6
https://books.bunshun.jp/ud/book/num/9784163915623
https://books.bunshun.jp/articles/-/7072

 本年度の文學界新人賞受賞作。SNS等で良好な評判をよく目にするので、早く読んでおくべきかと思って読んでみた。

 読み始めてすぐ、文章がいまいち好きではないなあと思ったけれど、選評で長嶋有氏が「紋切り型の描写が多くて不安になった」と言っているので、ぼくだけの感想ではないだろう。紋切り型の描写とは別に、「変な表現」も多少気になった。
 次に思ったのは、若いなあというもの。悪い意味ではない。逆に言うと、ぼくはもう若くないんだなあ(感性的に)という感覚をもってしまったということで、自分に対してちょっとした危機感をもってしまった。ほかの書き手に対して、いい意味での若さ(稚拙さという意味ではなく、感性的な若さ)を感じたのは初めてかもしれない。

 主人公は仲間内で人気のあるっぽい女子高校生で、恋人もいるらしい。が、読んでいると違和感が出てくる。その違和感の正体はすぐに明らかになる。恋人も女性。
 ああ……LGBTの話か……
 正直に言うと、ここで少し鼻白むものを感じた。LGBT自体がどうということではないが、昨今の文学界隈でLGBTがやたらもてはやされる印象を持ち始めていたので。またですかというお気持。

 が、違っていた。
 東浩紀氏が選評で言及している。
「安易なLGBT表現・マイノリティ表現への違和感の表明であり、同時にそのような表明の安易さへの批判でもある」

 主人公は同性愛者と見なされかけていることに気付くと、急いでそこから逃げ出す。「認められるべき多様性」のひとりに入ってしまったと思い、愕然とする。
「この属性から出てはいけない。やさしく手をつないでくれた人をがっかりさせないように」
 むしろ批判だった。
 多様性という名の枠。
 著者は書く。
「本当はどんな属性にもふさわしくないのに」
 N/A。
 なにものでもない。
 どこにも属さない。
 マジョリティではもちろんないが、マイノリティでもない。
 マイノリティと呼ばれる中にも属していないのだ。
 この感覚は、ぼくがずっと持っているものだった。

 これが見えてから以後、この小説に俄然興味を持ち始めた。

 小説はやがて血の表現に入っていく。
 教室で黙って大量の鼻血を流し続ける友人のエピソードが、主人公の月経のエピソードへとつながっていく。
 このエピソードの重ね合わせ、対比が見事。血を流すことで生じる当事者の心の状態、周囲の対応が、重層的に表出する。
 そして、すべてを説明するかのように言われる最後の言葉が効いている。
「血が出たら誰でもおかしくなるに決まってるよ」

 結論を言えば、ぼくはとても面白く読んだ。
 一方、若い女性の感性が横溢している作品であり、その部分は男性にしてみればやはり「なるほどそういうものなのだな」という感覚で読むしかない。「わかる」なんて図々しいことは言えない。その意味で、おそらく女性が読めば、ぼくよりもさらに面白く読めるのではないかと思う。

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