プレゼンテーション6-001

何も咲かない寒い日に下へ下へと根を伸ばした先輩の話〜大学生⑲〜

学年が上がった時に起こるイベントが部屋のパートナー替えでした。同部屋の先輩が卒業した場合は必然的に同居人が代わります。普段から毎日のように顔を合わせている仲間なので、今更誰と同室になるかで大きな問題はありませんが、一応いろんなバランスを考えながら部屋割りが考えられていました。

※長距離チームが住む合宿所(という名のアパート)についてはこちらをご覧ください↓


僕の住む中島アパートには4年生がいなくなるため、寮長として桐萠塾から4年生が移ってきて、食堂の隣の部屋に入ることになりました。成瀬さんが住んでいたこの部屋。中島アパートの長はここに住むというような暗黙のルールができていて、そこに入ることになったのはウトさんでした。声も態度も優しい仏のような先輩。今回はこのウトさんが主人公のお話です

■ウトさん

初めて会ったときの印象は寡黙で真面目な人というイメージでした。僕が入部した頃のウトさんは、いわゆる故障者リストの中の一人。長ーーーい怪我の真っ最中だったので、当時走っているイメージはほとんどありません。

私立の強豪校では「○年生までにこの記録を破らなければ退部」といった厳しいルールが課されていることがあります。あるいは「怪我をして走れなくなったらマネージャーに転向」みたいな。厳しい勝負の世界においては当然のことですよね。その一方で、うちの大学の場合は入部条件もなければ退部させられることもありません。怪我で長期間走ってなくたって・・・試合に出てなくなくたって・・・部に選手として在籍することは可能です。

ただ、よーく考えてみてください。これってある意味、退部させられるよりも厳しい状況だとは思いませんか?条件を突きつけられ、退部の危機と戦うのももちろんとてつもなくストレスがかかるシンドイことです。でもその一方で、走れない状況でいつ治るかわからない怪我と毎日向き合い、先輩、同期、後輩が練習に励む姿を見るというのは想像以上にしんどい。誰かに引導を渡されることはありませんし、やめるなと引き留められるわけでもありません。全て自分の意志であり、投げ出そうと思えば投げさせちゃう。そんな中でモチベーションを維持させるには強い忍耐力が必要だと思います。

ウトさんは強い人でした。入部した頃は実力ナンバーワンと言われていたということも聞きましたし、長い故障の中で泣きながら苦しんでいた状況も聞いていました。そんな時期も乗り越えた「強い人」でした。ウトさんが苦しんでいた当時のことを僕は知りません。ただ、僕が出会った頃はすでに色んな痛みを経験した「優しさ」も持ってました。

ウトさんはトレーナー委員だったということもあって、時々ぼくにマッサージをしてくれました。何気に書いていますが、体育会の中では天地がひっくり返ったとしても先輩後輩の上下関係は変わることはありません。んが、後輩の僕にマッサージをしてくれるなんて、「鉄の掟破り」です!!!

もしかしたら、怪我で走れない分、自分のチーム内貢献を考えていたのかもしれません。後輩にレギュラーを奪われるなんて、普通はいい気持ちがするものじゃないですが、それを押し殺して動くのは、当時のチームの中じゃウトさんにしかできなかっただろうなぁ。

■4年生の自覚とプライド

そんなウトさんを中島アパートの寮長として迎えはじまった新しい生活。

「長」「最上級生」という立場がウトさんの中の何かを動かしました。ウトさんは決して根が明るいタイプではありませんし、盛り上げるのがめちゃくちゃ得意で自然にできるタイプでもありませんでした。んが、食事の時も明るく盛り上げてたし、いろんな相談にも乗ってくれました。そして、もっと大きな変化はウトさんが走り始めたこと。もちろんそれまでも走っていましたが、本格的にメニューに参加することはありませんでした。それが、みんなと同じ景色を見ながら走ってる!そして、故障期間中に作りあげた下地がしっかりしていたからこそ、ウトさんの記録はメキメキとのびてきて、チームの中心メンバーになってきました。

当時サイジョーさんが「ウッティー(ウトさんの愛称)が走ってる姿をみたら涙が出ちゃうよ」と言ってったくらい先輩たちの間では大きな出来事でした。

何も咲かない寒い日は
下へ下へと根を伸ばせ
やがて大きな花が咲く

高橋尚子さんの座右の銘ですね。苦しい時、辛いときに人間は得てして「逃げる」という選択をしがちです。確かに、その一瞬は楽になるでしょう。でも、その「楽さ」はホンモノでしょうか?きっと苦しみから逃げて得た楽さには不自然さがあって実際に楽にはなってないと思います。発想を変えて「根を下へ伸ばす」ことができた選手は、いつか大きな花を咲かせることができます。いつ咲くかはわかりません。ただ信じて頑張ることが大事です。

咲かずに終わってしまったとしても、その人の中でやってきたことは決して色褪せない大事な宝物になると思うんです。ウトさんはしっかり根を伸ばしました。しかも、強くてしっかりした太い根です。そしてちゃんと大学4年生の時に花開かせました。ウトさんの「復活」はチームにとってとても大きな吉報でした。


ちなみに、ウトさんの出身は岐阜県

高橋尚子さんと同郷ですね。。。

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