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【シロクマ文芸部】バレンタインなんて雨に溶けちゃえばいいのに


 チョコレートなんて渡さなければよかった。
 今日はバレンタインデーだ。好きな男の子にチョコレートを渡す日なのに、あたしは自分で渡す事すらできなかった。あたしはすっかり暗くなったベランダで冷たい冬の雨が足元を濡らす中、今日の事をずっと考えていた。

 「みゆ。いつまでそこにいるの?風邪ひくでしょ。ご飯よ」
 お母さんが呼ぶ声がする。風邪なんてひいても構うもんか。むしろ風邪をひいて学校を休めるんだったらそっちの方がずっといいや。ご飯なんて食べたくないし、誰とも話したくなくて、あたしの足はそこから動く事ができなかった。



 あたしの好きな人は同じクラスの大島君だ。大島君は同じ部活でもあるんだけど、ちゃんと話した事は無い。2年生のこのクラスはあまり男子と女子が話す事って無い。それにあたしはそういうのとは関係無しに、仲のいい人としか話したくない。だって、みんなと親しくする事の意味が分からないと思うから。学校はつまらないけど楽しい部分もあるし、部活も今は先輩達もいないからまあまあ楽しい。でも、なんだかモヤモヤとしていて、こんな自分は大嫌いだ。

 あたしは地味だし可愛くないし、クラスの中でも浮いているし、卓球だってちっとも上手くならないし。もう、こんな自分がほんとに大嫌い。大嫌いだから、あたしは本の世界に逃げてしまう。本の世界は優しくて、あたしを否定しないし、どんな人にもなれてしまう。本の中のあたしは、可愛くて頭も良くて性格も良くて運動もできるみんなの人気者だ。本の中のあたしなら、大島君もきっと好きになってくれるに違いないだろうなと思う。

 だから、こんなあたしにチョコレートを渡されても、大島君は迷惑だと思うかもしれない。



 「みゆはチョコ渡すの?」
 お昼休みにちーちゃんが聞いてきた。
 「チョコ?どうしようかな。迷ってる」
 空のお弁当箱をクロスで包みながらあたしはぼんやりと答えた。すると、ちーちゃんの横にいるうさ子が自慢げに言う。
 「あたし、大島君にチョコ渡すよ。もう買いに行ったもんね」

 ああそうですか。勝手にすれば?とあたしは思う。ちーちゃんとうさ子はもともと仲が良かったからうさ子とは同じグループにいるけど、あたしは目立ちたがりで仕切り屋のうさ子の事はあまり好きじゃない。それにしても、うさ子も大島君が好きだというのか。まったく嫌になってしまう。

 「みゆもチョコ渡せばいいのに。あ、ねえ、これ食べる?」
 ひかるちゃんがそう言いながら、みんなにみかんを1個ずつくれた。

 5時間目が始まった。あたしは前の方に座っている大島君の後ろ姿を眺めながらバレンタインのチョコレートをどうするか考えていた。うさ子が渡すならあたしも負けたくはないけど、あたしなんかが渡したら大島君に迷惑になるんじゃないかなどと考えてしまう。ほんと一体どうすればいいんだろう。もっとあたしが可愛ければ良かったのかな。

 モヤモヤした気持ちを抱えて部活に行った。ちーちゃんと打ち合いをしながら「あたし、渡す事にする」とだけ言った。ちーちゃんはにっこり頷いて見せた。



 日曜日、あたしとちーちゃんは街までチョコレートを買いに行った。若い子に人気の雑貨屋さんにはバレンタインのチョコレート売り場が展開されていて、たくさんの女の子達がチョコレートを買いに来ていた。売り場はピンクや赤で溢れていて、おいしそうなチョコレートで一杯だ。そんなチョコレートを見ていたら自然と笑顔になっていく。

 「どれもおいしそうだね」
 「渡すよりも自分で食べちゃいたいよね」
 ぐるぐると売り場を回ってみるけど悩んでしまう。どんなのをあげたらいいのかな。あたし、大島君がどんな事やどんな物が好きなのか何も知らない。だけど、その時のあたしが一番いいと思えるチョコレートを選んだ。

 チョコレートを買ったのはいいけど、どうやって渡せばいいんだろう。やっぱりあたし、自分では渡せない。どうしよう……。

 悩んでいたら、ちーちゃんが代わりに渡してあげると言ってくれた。あたしはちーちゃんにお願いする事にした。ほんとは自分で渡した方がいいに決まっているけど、あたしにはその勇気が無かった。だから、仕方ないんだ……。



 バレンタインの日、チョコレートを持って学校に行った。教室にはもうちーちゃんはいた。
 「ちーちゃん、おはよう。今日よろしくね」
 「おはよ、みゆ。うん、任せて!」
 ちーちゃんは力強く言ってくれた。

 この日は朝からソワソワしてしまう。あっという間にお昼休みが来て、あっという間に帰りの会になり、あっという間に部室にいた。部室でちーちゃんにチョコレートを渡した。ちーちゃんは、あたしの肩をポンと叩いてチョコレートの入った紙袋を持って部室を出て行った。

 数分後、ちーちゃんが戻ってきた。
 「みゆ、渡してきたよ」
 「ありがとう、ちーちゃん。ほんと、ありがとうね」
 自分では渡せなかったけど、とりあえず渡す事ができた。これで良かったのかな?良かったんだよね。良かったんだよね。

 部活が終わると雨が降っていた。とても寒いし冷たい雨だ。でも、あたしは濡れて帰りたかった。友達と別れてから一人になった後、濡れて帰りたくてわざとゆっくり自転車をこいだ。このまま雨に溶けちゃえばいいのに、なんて思った。

 「みゆ。なんで濡れてるの?レインコート着なかったの?風邪ひくでしょ。早くお風呂に入りなさい」
 お母さんが呆れながらあたしに言う。でも、お風呂には入らなかった。着替えてからタオルで髪を拭いてベランダに出た。雨はますます強くなってきて、ベランダにいるあたしの足元を濡らしていく。とても寒いけど、あたしはそこから動けなかった。

 チョコレートも自分で渡せなかった自分の不甲斐無さと、自分に対する自信の無さがごちゃごちゃになって、あたしはいつまでもそこにいた。あたしなんて雨に溶けちゃえばいい。バレンタインなんて雨に溶けちゃえばいいと思いながら。


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シロクマ文芸部に参加します💛
今週のお題は「チョコレート」です。


お題がチョコレートという事で、みゆちゃんシリーズのショートショートを書きました。
今回は中2の時のバレンタインのお話です。

前も書いた事がありますが、中2の時の私は暗黒時代の真っ最中で、どよーんとした1年を過していました。


そんな時のバレンタインは、自分に自信が無さ過ぎて友達にチョコを渡してもらったという黒歴史です。
正直、このバレンタイン当日の事はあまり覚えておらず、かなり脚色が入っています。
冷たい雨が降っていたのも、当日だったのか前日だったのか翌日だったのかその辺りも今では定かではありません。
自分でチョコを渡せなかった唯一のバレンタインのお話です。


🍫過去のみゆちゃんシリーズ



今日も最後まで読んで下さってありがとうございます♪


#シロクマ文芸部
#チョコレート

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