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無意識の深みに入るということ

無意識の深みに入るという事は、とても大変なこと。

宮崎駿監督も言っている様に、私たちの意識の下には広大な無意識という世界が広がっている。そしてその下にはもっとくらい部分がある。


人間というのは、この自分の最奥にあるこの真っ暗な深淵にまで落ちていかないと、本当の生命を獲得したとは言えないと私は思っている。

人が本当の意味で人になる瞬間、それは、表層の意識を超えて、広大な無意識のどこまでも続く、その一番暗いところにたどり着いた時なんじゃないかと思っている。

無意識の領域に深く入っていくという事は、とても苦しいこと。なんて言葉で説明したらわかりやすいのか?を考えてみたけれど、今日はそれをペットボトルに入った水で説明してみようと思う。

ペットボトルに入った水。これが、私たちのエゴ。そしてそのペットボトルがわたしたち。

そのペットボトルは、表面的な意識の領域にある時には、何も圧がかかっていない。なので、このペットボトルが意識上にある時には、中に入っている水には、ほぼほぼ圧がかかっていないという事から、中に入っている水は外には出ない。

けれど、このペットボトルが表面的な意識を通過して、その下の個人的無意識の領域に入ると、このペットボトルに少しだけ圧がかかる。そうなると、中に入っていた水が、少し外にこぼれる。

外圧で中の水がピューと外に出るイメージだ。

そしてそのペットボトルが、さらに下の集合的無意識、普遍的無意識という領域に入ってくれば、イメージ通り、そのペットボトルには更なる圧がかかる。

中に入っている水はもっと強い外からの力によって外に飛び出る。

人間もこれに同じで、表面的な意識の状態にとどまる時、その中は100%のエゴで満たされている。

でも、この表面的な意識を超え、自分の無意識の領域に足を踏み入れ始めると、その自分に何らかの圧がかかるようになる。

それは深みに落ちていけば落ちていくほど強烈になる。

この時、私たちは口からその都度自分の腹の中にあるエゴを口から吐き出す。

無意識の層に落ちていくという事は、常に自分に何らかの圧がかかり続け、絶えずその口からエゴを吐き出すという行為に他ならない。

西田幾多郎の絶対矛盾的自己同一

西田幾多郎の絶対矛盾的自己同一という言葉があるが、これが今話したことをまさに示している。

彼は一見矛盾するその二つのものが、同一の意味を包含しているという事を言う。

つまり、今の話で言えば、表面的な意識の領域を超えて、無意識の領域に落ちていくとき、私たちはその都度その口からエゴを吐き出し、自分を失っていくイメージだが、それと同時に、私たちはそこで本当の意味での生を獲得する。

つまり、水がいっぱいに入っていたペットボトルから、水が全て外に押し出された時、そのペットボトルは真の意味での全く純粋なペットボトルの状態になるという事になる。

人間も又、どこまでも深く真っ暗な無意識という領域に落ちなければ、本当の意味での自分(生)の獲得は出来ないと考える。

水が全て吐き出されたペットボトルのその後

ペットボトルの中の水が全て外圧によって、全て外に出切った後、そのペットボトルは、真の意味での自分を獲得する。

でも、その真の自分の獲得、真なる生の獲得が意外にゴールではない。そこで満足していてはまだ駄目で、その殻になったペットボトルは、更なる無意識の深みに落ちていく。そうなると、どうなるのか?

そのペットボトルはついに、その姿すらなくなる。完全なる外圧にその姿がつぶされ、跡かたなく消え去る。これが仏教でいうところの真我合一の状態だといっていい。

こうなったとき、もうそこにはペットボトルという実体すら消えてなくなる。これこそが究極の無の状態だといえる。人間ってのは、この究極な状態を目指して本当は生きるべきなんじゃないかと私は思っている。

今に安泰し、満足して生きるんじゃなくて、もっともっと宮崎監督のいうように、鼻の奥で血の匂いがしてくるそんな領域にまで、自分を落とし込むことが必要だと、私も、多くのクライアントさんと対面するたびに思う。

もっと血を吐け。エゴという名の血を、その腹にためた血をその口から吐き出せ!そしてもともとあった純粋自己にまで戻れ!といつもクライアントと対面する時には思う。

泣いて、叫んで苦しんで。この繰り返しの中で、人は徐々に自分の失った生命というものを取り戻していく。

私たちは、表層の意識の部分で問題を解消できるとそう思い込んでいる。でも、いくら表層であれこれ言ったところで、自分を苦しめている本質は、自分の一番深い部分に眠っているんだから、そこまで、自分が勇気をもって潜って対峙しに行かなければ、私は本当の意味で、その人のウェルビーイングが達成されたとは思わない。

心理マネジメントとは、クライアントにエゴという血をどれだけ、その腹から吐き出させることが出来るかが勝負なのだと思う。

私のセルフマネジメント、マインドマネジメントのご依頼は、以下のHPまたは、プロフィールにあるリットリンクよりご参照下さい。




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