8月とゴッホ

夏の大展覧会 小学生の頃母に手をひかれ
静かな冷たい暗がりで ダウンライトに照らされた油絵
うねりを帯びたあの気圧 私の心に入り込んだ

母さん、覚えていますか 一人で過ごす私にどこか連れて行ってやろうと
選んだのがあの美術館 何も言わず理解してほしそうな銅像が外に立つ

外では蝉が鳴きわめいて 命をもっとと叫ぶ声がする
炎のように生きたという 耳のない男の恨めしそうな肖像画

漠然とただ過ごしていた いつまでも続く夏休みのように
私は何者だ 示すのは周りがつけた価値
この展示室一帯を埋め尽くす 証明を

何がしたいってわけでもない ぼんやりと父の仕事を継ごうと思ったが
中途半端な田舎で このまま死ぬくらいなら自分から火をつける

ひまわり畑で咲き誇った 花は花瓶でただれて俯く
生きることは汚らわしい でも命は幾度となく輝ける 

漠然とただ過ごしていた いつまでも続く夏休みのように
私は何者だ 示すのは周りがつけた価値
この展示室一帯を埋め尽くす 証明を

母ゆずりの白い肌 粒になって浮かぶ汗
病室の兄を思う 罪悪感と優越感
一緒の時間が一番長く感じた あの展覧会
私は生きていていいの? いいの いいの

誰かが語る自分ではなくて 目の前の私の呼吸の数を見てよ
誰かの心を動かせたなら 私は何よりの意味になるだろう
この一瞬の、一息の、ちっぽけな一生の中で
私が私であったと、良かったという 証明の

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