父のこと

父はタクシー運転手だった
その前は整体師
そのまた前は警備員
そのまた前は自衛隊員

「うちのお父さんは○○」という子供がよくいるが
私はそういうふうに父を表現したことがなかった
父はどんなお父さんよりも、強くて、短気で
どんなお父さんよりもかっこいいと思っていた

警備員の仕事は、早期退職だったから
しばらく仕事のない時期もあった
父はどんなお父さんよりも短気で、強かったから
仕事がない苛立ちを母にぶつけることもあった
その姿は、どんなお父さんよりもかっこ悪いと思っていた

それから父は整体師になった
部活を始めた私の体をマッサージしてくれた
それから父はタクシー運転手になった
塾に通う私を停車場に向かうついでに乗せてくれた

その時の父はどれもからっと晴れた天気のような顔をしていた
何か満たされているような
仕事の愚痴を言うこともあったけど、笑顔が増えた
有名なアスリートのマッサージに呼ばれたこと
講演会に来たタレントを乗せて名刺をもらったこと
仕事をしている父はどんなお父さんよりもかっこよかった

私も仕事をするようになった
仕事がなくなったらどうすると考えるようになって、父のあのときの苛立ちがわかった気がした
愚痴を言いつつ笑える意味がわかった気がした

マッサージをしてもらうとき
タクシーに乗るとき
父を思い出す

今父は、もう仕事は辞めて
犬を飼い始めて、犬と母と暮らしている
時々ジムに行って、好きな小説を読んで、好きなテレビ番組を見ている
仕事をしていなかった時の暮らしぶりに戻ったけど
前みたいに母にあたることもない
あのまま整体師に、タクシー運転手になってなかったら
今の父はいなかったと思う

私は父を、
あの仕事をしていた父と
今生きる父を
誇りに思い続ける

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