見出し画像

【妄想お悩み相談室】第2回 「河童の彼が川で流されました」

ご相談:
 20代、大学生の女です。信じてもらえないかもしれないですが、私の彼氏は河童です。妖怪と人間の交際ということで、周囲からの理解を得られない時期がありましたが、彼の人となりもあって、今では楽しく付き合っていて、先日は私の両親にも紹介することができました。
 今年の夏、そんな彼氏と一緒にBBQに行きました。場所は、山の中を流れる川です。私も彼も、夏の思い出を作ろうと張り切って、お肉も少し贅沢なものを選び、夜の楽しみに花火も用意していきました。
 当日も彼は頼もしく、往復で車の運転もしてくれたし、荷物もたくさん運んでくれたし、炭を割って火をおこしてくれました。当日の彼の活躍で、途中までは楽しく過ごすことでき、BBQへの期待も高まっていました。
 準備があらかた終わると、彼は「川に潜って魚でも取ってきてあげるよ。」と言って、颯爽と川に飛び込んでいきました。河童だし水かきも付いてるから、てっきり泳げるもんだろうと思っていました。しかし、川に飛び込んだ彼はドンドン流されていくのです。偶然、私は小学校から今まで水泳をやっていたので、とっさに川に入り、泳いで彼を救出しました。幸いにも命に別状はなかったのですが、問題はここからなのです。
 彼は、ろくに泳げず川で流されたことで、河童としてのプライドを打ち砕かれてしまったのです。世間的に見れば、河童は泳ぎの名人。ですが、恋人の前での、その名人らしからぬ姿を露呈してしまったことをずっと引きずっているのです。あの件以来私と会うと、心なしか彼の元気がないように感じます。
 彼は、本当に優しくていい彼氏です。プライドの傷ついた彼に、どのように声をかけてあげればよいでしょうか。どうか、ご教示ください。


回答者:50代 フォークロア先端研究ステーション 准教授
 私たちが若い頃は、田舎の方ではまだ規制が緩く、小学生の子どもでも普通に川で遊ぶことができました。私も田舎育ちなので、小学校高学年くらいまでは、近所の友達と一緒に川で魚を獲ったりして遊んでいたものです。
 そこから時代は変わって、段々子どもたちの遊ぶ場所も大人たちの管理の手が施され、川も今では遊泳禁止の場所が多く、田舎の方でも自由に泳げる場所を見つけることは難しい状況にあります。私たちが子どもの頃のような光景は、今では考えられないものになりつつあります
 こういった規制は、河童たちにも影響を与えています。若い世代になるにつれ、泳げない河童が増えてきているという研究結果が2009年に発表されています。むしろ、義務教育で水泳を習う人間の方が、河童よりもはるかに泳ぎが上手いというのも最近では珍しくありません。河童だから泳げて当然、そんな時代は過去のものになりつつあります。
 あなたの彼氏も随分若いと見受けられます。彼が泳げなかったのは、決して彼の惰性故ではなく、尊い子ども(河童も含め)たちの命を守るべく、彼らが泳ぐのを人工的に管理・設計された場所に制限し、人工的環境とは違う原理や法則が入り乱れる、時として私たちには無秩序で奔放にさえ見える自然の中で泳ぐ機会をいたずらに奪ってきた私たち大人の責任です。そして、河童たちをろくに泳がせなかったにも関わらず、「河童だから泳げて当然」というステレオタイプを相も変わらず振りかざすという、矛盾に満ちた大人たち(人間、河童を問わず)の態度が彼を追い詰め、今回の事態に至ったのです。
 「河童と川流れ」という言葉が当てはまる出来事は、いつの時代にもあります。しかし、最近の若い河童にとっては、「河童=泳ぎの名人」という先入観を前提にしたこのことわざは時代錯誤も甚だしいといったところでしょう。水かきが付いていても、使い方が分からなければ泳げるわけがありません。水かきは所詮、ポテンシャルに過ぎないのです。
 昔から、河童は子どもたちを川に引きずり込んだり、人間の血を吸い尽くしたりするという噂から、人々に恐れられていました。我々の祖先が運動と協議を重ね、お互いがお互いを理解し合い、ようやく人間と共生できる妖怪として認められるようになりました。もちろん今でも河童の中には、他の動物や人、同類の河童にまで悪戯をするならず者もいますが、お手紙を拝見する限りあなたの彼は違います。
 力もちで一日中車を運転する器用さと体力を持ち合わせています。それだけでも若いのに大したものです。しかも、そうした力を悪戯や人を傷つけるのに使うのではなく、あなたを楽しませるために使っているのです。そして、あなたを楽しませるなら、多少自分の限界を超えても泳いでやろうとする気概。泳げないから何なんですか!そんなものは、ただのジェネレーションギャップに過ぎません。
 対応策ですが、彼のできないことではなく、彼があなたのためにできたことを見てあげてください。それで十分かと思います。泳げないというだけで彼を嫌いになることはないというあなたの姿勢が伝われば、これと言って励ましの言葉をかける必要はないかと思います。もしそれでも彼が気にして、あの時の泳げなかった自分をどう思ったか聞いてきたら?その時はぜひ「弘法も筆の誤り」と答えてください。念のためくれぐれも「河童の川流れ」とは言わないように。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?