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小説詰め合わせ

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砂場で眠る

砂場で眠る

 砂場で眠る。私は手をつないでもらっている。
 目の前は星空ばかりで、月は見当たらなかった。でも空がぼんやりと明るいからきっとどこかに隠れているのかもしれない。
 月光が漏れ出ている空が、ジャングルジムの影を私の体に薄く這わせている。その交錯する影の直線が亀裂のようだとぼんやりと思った。つないでいる手は私を何かと繋ぎ止めてくれているもので、きっと今手を離したら、私の身体はこの亀裂から裂けてバラバラ

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海に連れてって。今すぐに

海に連れてって。今すぐに

車は暗闇の前で震えながら停まった。

「ついたよ」

シフトレバーをパーキングに押し込みながら言うと、助手席で眠っていたユリは目をこすって短く息を吐き出した。たぶん笑ったのだと思う。暗くてよく見えなかった。車内のライトをつけると彼女は片目をつぶって眉を寄せた。

「まぶしい」

手足を伸ばしながら言う彼女からは、俺と同じシャンプーの匂いがする。

おとこ物の、清涼感の強いその匂いでさえ、ユリが纏う

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彼は独りで甘く眠る

彼は独りで甘く眠る

 握りしめていた手のひらの中で、「秘密」がぐにゃりと溶け出しはじめた。

 私はそれに気づきながらも、手を開くことはしなかった。かわりに息をゆっくりと吸い込み、あいている手で筆を動かす。

 私の体温で少しづつ形を失ってゆくそれは、甘いミルクの匂いを漂わせながら、彼の存在を色濃くさせてゆく。居ないはずなのに、彼が近くに居るのだと、つい錯覚してしまう。そのたびに私の心臓は小さく高鳴り、必ず痛みを連れ

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多分、同じ月を見ているのだろう

多分、同じ月を見ているのだろう



 木漏れ日が落とすまだら模様がくすぐったそうに揺れている。公園のベンチに腰を掛けて、ぼんやりとそれを眺めていた。

 持ってきたサンドイッチはとっくに食べてしまって、パンくずも鳥たちにあげてしまったから、私はすることもなく休日を持て余していた。

 さんぽ中の誰かの犬が短く吠えると、それに反応した鳥たちがいっせいに飛び立っていった。巻き起こる風に木々がざわめいて、思わず顔を上げると、月があった

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宝石箱の住人

宝石箱の住人

 触れれば簡単に砕けそうな硝子のピアス。

 細かい曲線が連なった金の指輪。

 ぐにゃりと曲がる薄いバングル。

 どれもほんの少しの不注意で壊れてしまいそうなものばかりで、でもカエデさんの周りはそういったもので溢れている。

 「わざと身につけて緊張感を持って生きなきゃ、私はダメになるんだと思う」

 カエデさんが初めて俺の家にやってきたとき、彼女はひどく不安そうな顔をしてそう言った。俺より年

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霧の中で

霧の中で

 ここは雨ばかり降る。

 水滴が落ちてきて、蒸発して、それが白いもやもやとなって、彼女の周りを覆っている。

 「フォグおいで」

 彼女が私の名前を呼ぶとき、私はすでに彼女の膝の上にきちんといる。それでも、時々不安になるのか、彼女は私の名前を呼ぶ。

 もうしばらく開かれていないカーテンを眺めながら、彼女はいつもぼうっとしている。薄い緑色のカーテンは、淡い光を透かし、彼女の素足を柔らかく照らし

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忘却のメモリ

忘却のメモリ

 覚えておけることは、とても少ない。

 僕は旧式で容量が少ないから。

 いま、こうして玄関のドアに、もたれかかっているあいだにも、記憶が崩れていっているのがわかる。どんどん、上書きされていってしまう。過去は埋もれて、メモリから削除される。そういうふうにわざと作られているんだと、聞いたことがある。その方が、人間らしいだろう、とも。

 「今、ここにいる」理由も、いずれ忘れてしまうのかもしれない。

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もう人形は踊らない 2

もう人形は踊らない 2

 団長が彼女のことをどこで知ったのかはわからない。

 私は拾われ子で、気づいた時にはこの劇団で働いていた。団長の言うことは絶対で、ほかの団員達は最年少の私を可愛がってくれていた。でも私には演者としての才がなかった。多少の芸はこなせるものの、人を引き付けるようなものがどうしてか足りないのだ。そうそうに見切りをつけられた。裏方に回るように言われ、それに徹した。

 ここでは、いらない人間は簡単に切り

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もう人形は踊らない 1

もう人形は踊らない 1

 パントマイムは黙劇とも呼ばれている。

 言葉ではなく、動きだけで人を魅了するそのさまは、少しの違和感と子気味悪さを兼ね備えている。喜劇を演じるのが最近の主流だけれど、彼女の踊りはどちらかというと悲劇に近いのかもしれない。はっきりと言い切れないのは、「操り人形」という演目の内容のせいではない。彼女のまとう雰囲気がそうさせるのだ。

 舞台に立つ彼女はいつだって人の心をとらえ、そして逃しはしない。

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0.3ミリ

0.3ミリ

 タナベ君はいつも、うぐいす色の細長い筆箱からシャープペン、消しゴム、付箋、蛍光ペン、定規、シャープペンの芯。必ずその順番で物を机に置く。

 無意識のものなのか、高校入試に向けての願掛けなのかは分からないけれど、私の知る限りではずっとこの順番だった。それに気づいたのは一か月ほど前のことで、塾の席替えで私の席がタナベ君の左斜め後ろになったからだった。できることなら本当は隣の席が良かったのだけれど、

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あたたかな宇宙

あたたかな宇宙

 人間の骨というのはあんなにも軽いのね。

 そんなことを考えながら家に帰ると、真っ黒だったはずのワンピースに無数の光が溢れていた。薄暗い玄関で靴を脱ごうとしたときに気が付いた。誰かの化粧のラメが付いたのかもしれないかと思ったけれど、その程度のささやかな輝きではない。思わず目を細めてしまうほどだった。

 暗澹たる空気が漂うこの部屋よりも、ワンピースは夜闇色に染まっていてそこには光が、いや星が混ざ

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待ち焦がれながら真夜中に。

待ち焦がれながら真夜中に。

 閉じていた瞳をゆっくりと開く。まつげの間をすり抜けて、街灯の光が入り込んできた。夏の夜の重苦しい熱風が、少し伸びた私の髪の毛と戯れている。手で髪を撫で付けながら、また時間をかけて瞳を閉じる。

 ゆっくりと瞬きをする癖が付いたのは、この歩道橋で彼を待つようになってから。

 歩道橋の手すりに頬付をついて、不安になるほどに薄い瞼の開閉を繰り返す。瞼を開いている時に彼が現れるのか、はたまた閉じている

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美しい魔法。2

美しい魔法。2

 双子として産まれるはずだったカオルは、成長する途中でお母さんのお腹の中で死んでしまったらしい。

 私はお母さんのお腹の中で、カオルの出来かけの肉体を吸い取ってすくすくと育ち、産まれてきた。カオルの肉体は今も健やかに私の一部として、脈打ち、生きている。

 そして肉体を持たないカオルの魂は私の前へと現れた。産まれてからずっと、ずっと私の隣に居る。私とそっくりな顔で私と一緒に成長してゆく。鏡のよう

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美しい魔法。1

美しい魔法。1

 幼い頃は理解ができなかった。そのくらい僕たちは鏡のように近い存在で、成長するにつれてやっとお互いが違う人間だということに気づき始めた。

 それから、少しずつ少しずつ言葉を交わすようになって、僕たちは感情というものを知り、そして誰も寄せ付けない、たった2人だけの世界にのめり込んでいった。

 「誰も居ないから大丈夫だよ」カオリはそう言って僕の手を取る。慈悲に満ちて細く綺麗な響きを持つ声、彼女

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