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『落研ファイブっ』(8)宿に男が三人で。やる事は一つ。『〇〇』だ。

鶴巻中亭つるまきあたりてい 一階〉
 
〔シ〕「うわーっ。マジでやっべえ所に来ちゃった」
 カメラに向かって宿の紹介をするシャモの目は、らんらんと輝いていた。
 おそらく『撮れ高』的に美味しいと判断しているのだろう。
 タッチパネル奥には、暗証番号式のスモークを貼った自動ドアが付いていた。
 
〔餌〕「暗証番号は僕が押しますっ」
 えさが喜び勇んで四桁よんけたの番号を大声を出しながら押すと、長い廊下ろうかに続く自動ドアが古びたモーター音を上げながら開いた。

〔シ〕「うぐいす張りの廊下ろうかかよ。忍者屋敷にんじゃやしきか。歩くたびにきゅっきゅって音がする。気味が悪い何だこの宿」
〔三〕「大山おおやま修験道しゅげんどうの本場だから、元々は宿坊しゅくぼう(※)だったかもな」
 人の気配が全くしない中、裸電球が吊り下げられた廊下を歩くと突き当りに薄暗く階段が見えてきた。
 
 
 『二〇一~二〇三号室はこちら』と書かれた案内板は昭和中期の記録映像に出てくるような古ぼけたプラスチック板で、ホラー臭をより一層強くする。
 
 
〔シ〕「えさ、鍵やるから先に部屋行って来いよ」
 なぜか内股になったシャモがえさに鍵を押し付けると、えさはパンダのリュックを揺らしながら弾むように階段を駆けあがった。
 
〔シ〕「何で内股=ビビりなんだよ。武道の構えは皆内股なんだよおおお」
〔三〕「仮に内股だったとて、そんなへっぴり腰じゃねえぞ」
〔?〕『ぎゃーっ!』
 低レベルな言い争いは、餌の悲鳴でかき消される。
 三元とシャモは恐怖も忘れ、声のする方へと駆けだした。
 
 

 
〔餌〕「どうしたんですか、そんな顔して」
 二人が急いで階段を上がると、餌はペットボトルのカフェオレに口を付けている所だった。
〔シ〕「だってお前バカでかい悲鳴上げたじゃん」
〔餌〕「はあ? 全然」
 餌は見当もつかないと言った様子で、無造作に二〇二号室のドアの鍵を開ける。
 

〔シ〕「ちょ、ちょっともう一回。えさ、カメラ代わって」
 シャモは【みのちゃんねる】用にたっぷりとあおりを入れながら、息をひそめて鍵を開けた。
 
〔シ〕「思ったよりマシじゃん」
 部屋の入り口には、深緑色のスリッパが三組とべっこう色の靴ベラ、それに靴の着脱時に使う腰掛けが置いてあった。
 鶴亀つるかめ松竹梅しょうちくばいと、縁起物が描かれたふすまをそっと開けると――。
 
〔三〕「いいじゃん、ここ」
 ガラス戸越しに、旧相模国きゅうさがみのくにを一望できるパノラマが広がっていた。

〔シ〕「よし、宿についたらやる事は一つ。相撲すもうだ。相模国さがみのくにだけに」
〔三〕「隣に侍がいたら簀巻すまきにされるぞ」

〔餌〕「『宿屋の仇討あだうち』じゃあるまいし。令和れいわの時代にモノホンの日本刀を差していたら簀巻すまきになるのはそいつですって」
 第一誰が相撲すもうの相手をするとでもと、えさは白け顔である。

〔シ〕「魚河岸うおがしの兄ちゃん三人組は宿についたら相撲すもうを取る。それが定説だろ」
〔三〕「良いからとりあえず『宿屋の仇討あだうち』から離れろ。今は令和れいわだ江戸じゃねえ」

〔餌〕「シャモさんの後ろの何かさん。日本橋の魚河岸うおがし築地つきじを経て豊洲とよすに移りました。分かりましたか。悪霊退散悪霊退散あくりょうたいさんあくりょうたいさん秘孔ひこう突きっ、えい」
 餌はシャモの第七頸椎けいついをつんと押したが、シャモの相撲すもうモードは収まらない。

〔シ〕「さあさあはっけよい」
〔三〕「ああ、この最中もなかうめえな」
 机の上に置かれた最中もなかを食べながら、三元さんげん急須きゅうすにお湯を注ぐ。

〔シ〕「東ーっ、シャモの海。西ーっ、タヌキ山」
〔三〕「これ帰りに買っていこう」
 最中《もなか》に心を奪われたタヌキ山こと三元さんげんは、シャモには一向に構わない。

〔シ〕「東ーっ、シャモの海。西ーっ、パンダ山」
 パンダ山ことえさに声を掛けるも、餌は二階にかいぞめきこと高梨藤一郎吉成たかなしとういちろうよしなり教授の新著しんちょをむさぼるように読んでいて、これまたシャモの相手をしない。

〔シ〕「シャモの海は対戦相手を探してゲルからパオ、パオからゲルへと」
〔三〕「マジで隣に人がいたらやばいって静かにしろ」
 二人に相手にされないシャモは、部屋中に座布団を巻き散らかして飛び移る。

〔餌〕「モンゴル相撲のつもりですか。その前傾姿勢ぜんけいしせいたかみたいにねるの」
〔三〕「その座布団はゲルとパオのつもりなのか。だったら踏むなよ。中の人がパンナコッタみたいにつぶれちまう」

〔シ〕「二人とも何で相撲すもう取らねえんだよ。相模国さがみのくにと来たら相撲すもうだろ。男三人が一部屋に泊まったら相撲すもうを取るのが落語国らくごのくにの常識だろ。何でだよ」

〔餌〕「何でって、シャモさんの後ろの何かの思考回路の方が何でですよ」
 餌が再び二階にかいぞめきの著書に目を向けると。

『うっせえんだよ締めるぞボケーっ』
『ぎゃーてーぎゃーてーはらぎゃーてー』
 どんどんと壁を叩く音と、みつるが毎朝唱えているお経がひっきりなしに聞こえてきた。

〔三〕「ほらみろ、シャモ静かにしろって」
『黙れクソガキ共! 俺は仕事でこんな山ン中に三週間も缶詰になってんだふざけんな」
〔シ〕「えっ。静かにしてたじゃん」
〔餌〕「『三元さんと僕は』静かにしていました」
 一瞬顔を上げたシャモは、柱に向かってすり足でテッポウを打つ。
 テッポウを打ち始めたシャモの腰を、すっくと立ち上がった三元さんげんがつかんで投げた。

〔三〕「西いいい、タヌキ山。隣を怒らせて簀巻すまきにされる前に風呂場に逃げるぞ」
〔シ〕「まだ日が高いし怒られる筋合いはねえ。相撲すもう相撲すもう。この際モンゴル相撲ずもうでも良いから」
〔三〕「黙れ」
 暴れ足りなさそうなシャモを力士さながらの体格で三元さんげんが抑え込んでいる間に、餌は入浴準備を手早く整えた。


〈大浴場にて〉

 〔シ〕「イチバーン!」
〔餌〕「今どき小五でもそんな事やりませんよ」
 水面で腹を打って苦しがるシャモに冷ややかな顔を向けると、餌は昇り龍と鯉が描かれたタイル絵を見上げた。

〔餌〕「そう言えば三元さんげんさんの『下り鯉の三元さんげん』って二つ名は、ここからでしたっけ」
 
〔三〕「鯉が滝を昇ると龍になる伝説があるだろ」
〔シ〕「なのに三元さんげんこいのタトゥーシールを下向きに張って」

 一年前の文化祭での事。
 ギターボーカルのシャモの隣で、パフォーマーの三元さんげんが白衣を脱ぎ捨てると半裸の背中に昇り龍が現れる仕掛けだったはずが――。

〔三〕「龍と鯉を間違えて買って、昇り鯉も縁起がいいからって背中に貼ったのはシャモだろ。どうやったら頭と尻尾を間違えるんだよ。あれから俺の人生下り鯉だわ」
 
〔シ〕「適当な事言ってんじゃねえぞ。三元さんげんのモットーは低値安定ひくねあんてい。最初から昇る気も下る気も無いじゃん」
〔餌〕「あえて東証スタンダードに残る老舗企業的しにせきぎょうてきな」
〔三〕「分かんねえ」
 三元さんげんはぼそりとつぶやくと、無言で背中を流し始めた。

 〈サウナ上がりの男〉
 
 『東証スタンダード』の一言で口数の極端に減った三元さんげんから逃げ出したえさと入れ替わりに、サウナから出てきたガタイの良い男が湯船に入ってきた。

〔シ〕「そう言えばさ、小学校に幸平こうへいって奴がいたんだよ。そいつがある時ガチャでレアものを引いてきて見せびらかしたの。その日まで超陰湿ちょういんしつで嫌な奴扱いだったはずの幸平がいきなり神扱い」
〔三〕「よくレアを引けたな」
 三元さんげんの気分を変えようとシャモがとっさに思いついたほら話に、三元さんげんはまんまと引っかかった。

〔シ〕「だよな。あの超陰湿キャラの幸平が神扱いなのにイラついて。奴がレアものを入れる袋に森崎いちごのカードを突っ込んだんだわ」

〔三〕「寄りにもよって森崎いちごかよ。熟女界の女王にしてえさの女神。渋すぎ」
〔シ〕「それでいつも通り休み時間にその袋を開けたら、クラスの女子に生ゴミ扱いされやがってマジでざまあ」
〔三〕「お前の方がずっと陰湿いんしつじゃねえか」
 三元さんげんのごもっともな突っ込みに構わず、シャモが更に作り話をふくらませようとしたその時だった。
 

〔幸平父〕「岐部漢太きべかんたさんですね。幸平の父です」
 七夕祭と大書されたタオルを両の腰骨に引っかけたガタイの良いサウナ上がりの男が、至って謹厳きんげんな顔であいさつをした。

〔幸平父〕「幸平は、岐部漢太きべかんた君のような人気者になりたいといつも話していましてね。。ううううっ。幸平っ(涙)」
 ほら話のはずが厄介な事態になったと、シャモは目を左右にせわしなく動かしている。

〔シ〕「ちょっと待ってください。お宅の幸平君と僕の話す幸平君は絶対別人。だって僕はこいつの機嫌を直そうとほら話を適当に」
 ひょいと横を向くともぬけのから
 これは大変な事になったと一目散に逃げ出そうとするも。

〔?〕「ここで岐部漢太きべかんたさんに出会えたのも、弟の導き」
 がらりと大浴場の扉を開けた男は、手ぬぐいを太い首に引っかけている。

〔幸平兄〕「岐部きべさん、どうぞ幸平に、弟に、うううっ」
 二人の大男は、無駄にガタイの良い上半身を震わせて男泣きを始めた。

〔シ〕「いやいやいや誤解ごかいゴカイですって。僕はタヌキの置物みたいな奴にほら話をしていただけで。僕はお宅の幸平さんの事は何一つ知りませんからあああっ」
 逃げ出そうとしてタイルに足を滑らせて派手に転んだシャモ。
 その目の前で大浴場の扉が全開になると、白ブリーフ一枚の三元さんげんと浴衣姿のえさがカーテンで簀巻すまきにされていた。


〔シ〕「これじゃまるで『宿屋の仇討あだうち』じゃねえか。どうなってんだよ」
〔三〕「シャモ、俺を適当なほら話で騙したのか」
〔餌〕「岐部きべさん。絶交です」
〔シ〕「三元、餌。違うんだ」
 あわてるシャモを取り囲むように、幸平の父と兄が無限に現れる。

〔シ〕「いやーっ。ごめんなさい全部嘘です。もう嘘はつきませんからーっ」
 幸平の父が七夕祭と大書されたタオルの脇から刀をすらりと抜いた所で、シャモと三元さんげんの視界は真っ暗になった。

※※※

〔餌〕「海老名に着きました。小田急線に乗り換えますよ」
 餌の声と肩をゆする衝撃で、シャモと三元さんげんは目を覚ました。

〔三〕「幸平の父ちゃんは」
〔シ〕「嘘、ホラ、冗談なんですううう」
〔餌〕「何寝ぼけてるんですか二人とも。まだ春合宿は始まったばかりですよ」
 呆れたように網棚から荷物を降ろす餌の顔を見て三元さんげんが慌ててスマホを確認すると、時刻は土曜日午前八時を回った所だった。 

 
 ※本作はいかなる実在の団体個人とも一切関係の無いフィクションです。
 (2023/7/31 改稿 2023/11/20 再改稿 2023/12/2・4 全年齢対応のため一部再執筆および差し替え・改題)

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