誰も怒ってはならぬ。 (月曜日の図書館195)
藤岡拓太郎さんの作品集『夏がとまらない』を読んだとき、身近な人たちがたくさん登場するのでびっくりした。運動会の応援席にまぎれこんで自分の名前を叫ぶ人、穴があったら入りたい人のためにせっせと穴を掘る人、雨の日に傘の持ち手の部分だけを手渡し、「名前をつけるといい」と告げる人。誰も彼も、図書館にいそうな人たちばっかりだった。
作品のLINEスタンプまで買ってしまったが、「くにあき!」と叫ぶおじさんのスタンプを使うと相手が本気で気味悪そうにするのは大変残念だ。
つい先日も、ずっと爆笑しているおじさんが来館した。本の場所を尋ねては爆笑し、見つけて借りに来ては爆笑し、館内のパソコンを使っては爆笑していた。しまいには歩きながらひとりごとを言って自分で爆笑していた。
あの作品集の中から飛び出してきたのかと思った。サインしてくださいと言ったら、きっと爆笑しながら応じてくれるだろう。何にせよ本人が楽しいならいいことだ。
あるいはワライダケを食べてしまったのだろうか。敷地内の植えこみには、たまに毒キノコが生えることがある。
かと思えば、館内でずっと電話をし続けて注意してもやめないおじさんもいた。しかもどうやらクレームの電話をしているらしく、罵詈雑言を大声で浴びせつづける。
一見すると周りのことなど気にせず好きに行動しているように思えるが、そうではない。むしろ周りを十分意識しての確信犯だ。
せっかくとなりが広大な公園なのだから、芝生の上で心ゆくまでわめき散らせばいいのに、わざわざ静かな場所まで来て、冷たい目で見られる方を選ぶ。自分ひとりで不幸を処理できず、周りにいる人たちにまで「おすそ分け」しようとする。
うるさいな、嫌だなと心の中に憎しみが芽生えたら、相手の思うツボだ。ここは心頭を滅却し、上司が何とかしてくれるのを待つのがよい。
ほどなくして、おじさんは係長に連行されて行った。
ワライダケのエキスをうすーくうすーく伸ばして、玄関のところでミスト状にして散布できないだろうか。館内に入ってくる人は、みな愉快な気持ちになって、子どもは泣きやみ、老人は怒りを忘れ、人生はバラ色、ついでにいつもより多く本を借りてくれたらいい。
かなり前からカウンター前のいす(書庫の本が出てくるのを待つ人が座るところ)に座り、何をするでもなくぼんやりしていたおばあさんが、突然立ち上がって近づいてくるなり、ここのパソコンはどこの会社のですかッと声を荒げる。
さっきからずっと金属音がして、うるさくてたまらないのッ。あなたたち何も感じないんですかッ。
何もしていないと思っていたけど、まさか金属音の調べに耳を澄ませていたとは。サインくださいと言ったらどうするだろう。怒りながらも応じてくれそうな気がする。
◯◯社製のですが、あいにくわたしには聞こえないですね、うーん、のらくら返事をしていたらぷりぷりしながら去って行った。後でクレームの電話をかけるだろうか。館内でかけようとしなくてよかった。また係長に出動要請をしなければならないかと思った。
去っていく背中に、心の中でプシュッとミストをスプレーしてみる。
藤岡さんの作品は他のもとてもよくて、子どもにおすすめのブックリストに候補として挙げたこともあるが、たぶん漫画だという理由で落選した。
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