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VR図書館を考える会 (月曜日の図書館207)

机の上におやつが置いてある。チラシ用に絵を描いたので、その報酬だ。男とも女ともつかない人間が、スマートホンを持って笑っている。「音声読み上げソフトがあれば、スマホで聴くこともできます」。

目の不自由な人向けに本の内容を音訳するボランティアの、養成講座のチラシなのだった。録音に使う機器のイラストだけでは味気ないので、使っている人のイラストを描いてほしい、という依頼だった。

指の本数を間違えたりぼかしたりすると苦情がくるらしいので、スマホを握る指は気をつけてしっかり5本描いた。あと性別も偏りがない方が望ましいため、どちらとも受け取れるように髪をくしゃくしゃにしてみた。

いらすとやにすっかり座を奪われたかと思っていたけど、まだまだわたしにもできることがありそうだ。

仮想空間に図書館をつくるイベントが始まった。アバターを使って現実と同じように入館することができる。試しに使ってみると、ずっと下を向いたままなので、性格まで自分に似せられるのかとびっくりしたが、カーソルの向きに合わせて暗い人にも明るいひとにもなれるようだった。

館内には巨大なモニターがあって、図書館のお仕事紹介の映像が流れている。コロナ禍の初期、感染対策で休館していたときに撮ったものの再利用だ。

撮影したのは他ならぬわたしである。事前の告知もクレジット表記もないのはどういうことだろう。せめておかしのひとつくらい用意してくれてもよかったのではないだろうか。大変遺憾である。

最初のころはチャット機能がまだ始まっておらず、コミュニケーションの手段としては手をたたく、ハートを散らす、ダンスをする、くらいしかなかった。ダンスボタンを押すと、くねくねとどこの流派にも属していないような独特の動きをする。やってきた他のアバターたちも次々と踊り始めて、何かの宗教儀式のようになった。

踊っているうちは平和だったが、チャットが始まるとネガティブなことを言う人も徐々に増えていった。職員のアバターをつかまえて「この事業が実施される意義」についてひたすら苦情を言う人もいたそうだ。この調子では利用者同士のケンカも起きかねない。

現実と同じである。

メンテナンスのために長時間仮想空間に居続けたN本さんは、VR酔いしたそうだ。新しい現代の病。

館内には、青空文庫が読めるスポットがある。クリックすると足元に、スターウォーズの冒頭のように小説の内容が流れてくる仕組みだ。太宰治の「人間失格」が読めるスポットに入ったら先客がいたので、ひと踊りしてみたが、反応を返してはくれなかった。

レベル(?)が上がると踊りのバリエーションが増えるそうだ。力の入れどころがおかしい。

この企画の紹介記事が新聞に載ったのを見たおばあさんが、「新しい図書館ができるのかと思った」と窓口に言いに来た。新館を建てるだけの体力は、今の市にはないだろう。

せいぜい仮想空間に建てるくらいが関の山だし、それだって年度末には消えてしまう。

チラシのイラストやデザインだって、本当はプロに頼んだ方がいいのに、お金がないから内部の人間でやりくりしようとする。人材活用といえば聞こえはいいし、館内がいらすとやに乗っ取られるのも癪だが、業務の範囲を超えているようにも思う。

自分の能力を安売りしちゃだめだよ、と昔言われたことを、おやつを食べながら思い出した。今度から報酬は業務用ハーゲンダッツで、と言ってみようか。

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