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月曜日の図書館 笑顔でしかない

地元の雑誌が図書館を紹介してくれるというのでインタビューを受ける。今よく読まれてる本は何ですかと聞かれて絶句してしまったことに絶句した。普段扱うものが江戸時代の古文書だったり、明治の地図だったりの白黒世界だから、すっかり現代の事情に疎くなってしまっている。

まるで下々の民の気持ちが分からない天上人のようではないか。

げかいではあたらしいういるすがおおはやりして、みんなてんてこまいらしいよ。

マイクロフィルムがうまく印刷できないと言われ、調べてみるとインク切れだった。思わずうめき声がもれる。専用のインクカートリッジは一本あたり×万円するのだ。

紙よりも永く保存できることが売りだったはずのマイクロフィルムだが、それを読み取る機械の方が製造中止になったり、メンテナンスの知識が製造会社の中で受け継がれていなかったりしてままならない。

泣く泣く新しいカートリッジに替えて、試しに印刷してみる。戦後まもなくの街の様子を伝える新聞記事が、何とか判読できるレベルで刷り上がった。利用者のおじさんはお礼を言って閲覧に戻った。胸ポケットに、フィルムを出納したときに渡した番号札を差し込んでいて、何かにエントリーした選手のようだった。

どんな本が読まれているかと聞かれ、数秒後、苦しまぎれに『完全自殺マニュアル』に予約がたくさんかかってます、と答えた。途端に後悔する。インタビュー中は、楽しい話だけしようと思っていたのになあ。

でも、明るく前向きなメッセージがまん延しているように思えて、その下にはひとりひとりの声には出せない後ろ向きの気持ちが、確かにある。

未成年の方には一言そえて貸し出しています。
一言って何だろう。
どんな言葉をそえたらいいのだろう。

江戸時代にも災厄はあって、しかも今よりもっと被害は大きかったはずなのに、それを伝える当時のイラストでは、なぜだかみんな笑っている。笑いながらがれきの下敷きになったりしている。

当時の絵画表現の限界なのかもしれないが、泣いてるより怒っているより、その姿は異様で、一度見たら忘れられない。

インタビュー終了後、記念に写真を撮らせてもらった。拡散されないことで有名な、我らが図書館のSNSに載せるためだ。撮る間だけマスクを外してもらう。久々に人間の口が笑うのを見た。

自習席の席札は、返ってくる度に消毒している。混み合う時間帯は次に使いたい利用者が待ち構えているので、消毒してすぐに渡さなければならない。生乾きの札が気持ち悪い。

館内を巡視していた課長が、消毒されないまま記載台に置かれていた鉛筆の束を無言で差し出すのでややイラッとする。嫁をいびる姑みたいだ。キヨ子(仮名)さん、テレビの上にこんなにほこりが(指でつーっとなぞりながら)たまってますよ。

キヨ子さんは掃除は苦手だし、世の中の情勢にも鈍感だし、ベストセラーも把握してないし、特技といえばたびたび動かなくなるマイクロフィルムリーダーをハンドパワーで復活させることくらいよ。

大学の授業で心理学の先生が、『完全自殺マニュアル』にはさまざまな方法が書いてあるけど、どれも最後にやりたくならないようなオチがつけてある、と言っていた。だからたぶん、読んだ人たちもみんな明日を迎えるだろう。

本当かどうか、内容はもちろん把握していない。

vol.68

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