読むことも書くこともつらかった時の話

私が19歳の時、父親が脳卒中で亡くなった。

倒れる前の日、父親は東京に引っ越したばかりの私のアパートに来てくれて、水道や電気の契約書類を書いてくれた。私は田舎特有のしがらみから逃れられない父親に対して苛立ちを感じていて、そのとき仏頂面でいることしかできなかった。

そして次の日、母から連絡を受けてあわてて故郷に帰ると、酸素マスクを着けて病院のベッドに横たわる父がいた。父は手術を受けたものの、あっ

もっとみる

読む時間、書く時間、生きていくための時間。

積もり、積もっていく、本の山と、袋に入ったままの、本の塊を見ていると、もの悲しくなってくる。

 昨日は予定のなくなった休みで、それは本当に悲しくて残念なことなのだけれど、代わりに、ここ久しくなかった、一日中予定のない時間が生まれたはずだった。何をするのも、何を考えるのも、何を書くのも、自由にできるはずだったのだけれど。

 結果から言うと、私はどこにも存在しなかった。

 noteを書いて、少し

もっとみる

彼女のお腹の中には、今もひとり赤ちゃんがいる。

お腹はぱんぱんに膨らんで、近所の人は「またなんね」と言って笑っている。

もう、おめでとうも言わない。(土門蘭、2019)

書けないと感じる時は、誰かの力を借りてみるのもありかもね

noteが書けない。そんな時はいさぎよく諦めるという手もありますが、それでもしぶとく書こうと思うなら。

書く習慣や力を養うならキツくても、書けなくても書くというのも大事だと思うんですよね。もちろん強制ではないし、常時そうしなければいけない訳でもないですが。

そうやって続けよう、書こうと思っても何も思い浮かばなければ辛い。

それならとっておきの秘策は・・・

誰かのnoteを読み、紹介してみて

もっとみる

場が変化することに対する、行動の変化について

やっぱり人のキャパには限界があるからその場の仕組み、効率が下がると行動も変えざるを得なかったり、変わらざるを得ない。

そう、タイムラインにオススメが出るようになった問題だ。

ある意味で色んな人の心をざわつかせ、こうして幾つもの話題とnoteを産み出した刺激物。

それはそれで活性化に寄与したのかもしれないけれど。

元々タイムラインもトップに戻るのにスクロールの手段しかなく、また例えば時間や日

もっとみる

いつもお父さんは、こういうふうにぽかんといなくなる。帯を垂らすわたしの手首は、やっぱりバカみたいに見える。残されたハンカチが、心細そうにわたしを見ている(土門蘭、2019)

そうして、一日の終わりを、過ごせることを、願ってばかりいる。

時を止めるように、止まるように、願いながら、息を止める。

 noteを始めてから、始めて数日書かなかったような気がしている。今までもあったのかどうか、この20日間くらいのことが今ひとつ思い出せずに、自分の記憶力のなさにため息が漏れた。

 別段変わったことがあったわけではなく、単純に、時間と体力に余裕がなかっただけで、歳はとりたくないなと思ったけれど、睡眠が必要なのは、今も昔も同じだなと思い直す

もっとみる

その川の水は凄く濁っており、夏の熱気を吸って悪臭が漂っていたが、彼は構うことなくその傍を歩いていった。人けが少なくて、ひとりになりたがる彼にとってはそちらのほうがよかった。(土門蘭、2019)

この世界の中で、君は、どんなライフスタイルに憧れる?
10