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モモ【2】 インド化したモモ

インド食器屋「アジアハンター」の店主・小林真樹さんが、食器買い付けの旅や国内の専門店巡りで出会った美味しい料理、お店、そしてインドの食文化をご紹介します。


その日、私はデリー市内にある巨大ショッピングモールのフードコートにいた。好調なインド経済を象徴するように、大勢の買い物客たちがさまざまな店でショッピングを楽しんでいる。もちろん、広大な席数を誇るフードコートも、昼時ともなれば大勢の食事客が集まり、下手をすると席の確保すら難しい。何とか確保した一席に座り、さて何を食べようかと居並ぶテナントの看板をぐるり見回した。すると黄色地に黒と赤で店名が書かれた、よく目立つテナントが目に入った。Wow!Momoである。

遠くからでも目立つWow!Momoの黄色い看板
遠くからでも目立つWow!Momoの黄色い看板


Wow!Momoはコルカタにあるカトリック系大学の名門、セント・ザビエル・カレッジの学生だったサーガル・ダルヤーニとヴィノード・ホマガイが2008年の在学中に起業したテイクアウト型のファストフード・チェーンである。起業当初からショッピングモール内に店舗を出し、その後チェーン展開して店舗数を急拡大。2024年現在インド全土に約450店舗を展開していて「インドで最も短期間にチェーン展開した店」といわれている。出店場所はショッピングモールのほか空港や駅構内にもあり、そのハデな看板を目にした日本人旅行者もいるだろう。

商品の主軸をモモにしたのは、起業した彼らがコルカタの学生だったことと無縁でないはずだ。コルカタには中華街があること、またネパール人移民の多いインド北東部と地理的にも近いことから、ほかの北インドの街に比べてモモの存在が比較的身近である。ただし起業当初から彼らの提供するモモは、ネパール文化圏で親しまれているそれとは大きくかけ離れていた。例えば私が強い違和感を持ったメニューの一つに「モモ・バーガー(店内名称はモバーグ)」がある。

これがモモ・バーガー
これがモモ・バーガー


昨今、インドではバーガー・チェーンの店舗を目にする機会がふえてきた。マクドナルドは言わずもがな。バーガー・キングにKFCといった外資系から、国産ブランドのバーガー・シンやワット・ア・バーガー、個性豊かな独立系、小資本系にいたるまで百花繚乱の様相を呈している。1970年生まれの私は記憶にあるが、かつて日本でハンバーガーはアメリカ生まれのナウいヤングの食べものと認識されていた。おそらく現代のインドでも同様だろう。どんな具でもバンズではさめばアメリカンなイケてる料理と化す。かくしてインドではタンドーリー・チキンがはさまれ、パニール(インド式チーズ)がはさまれ、アールー・ティッキ(マッシュしたジャガイモを揚げたもの)がはさまれてきた。すでにファストフードとして完成形だったはずのモモもまた、そうした発想のもとにバンズに無理矢理はさまれたのだろう。

Wow!Momoのモモ・バーガーは起業当初からあるメニューである。さらに同店のメニューには「グラタン・モモ」や「チョコレート・モモ」など、日本のインネパ店で慣れ親しんだ我々の想像の斜め上をいくようなモモ・メニューがラインナップされている。そのいくつかを食べる機会があったが、その味がどうであったかはあえてここでは言及しないでおきたい。

モモを主軸にしたさまざまなメニューが売られている
モモを主軸にしたさまざまなメニューが売られている


こうした従来の「モモ食文化」から大きく逸脱するような改造のし方を、当のネパール人やネパール系インド人たちはどう見ているのだろう。われわれと同じように「なんじゃこりゃ?!」と思うのだろうか。とはいえ彼らとて、おなじく元来チベットで食べられていたモモを自らのテリトリーに移入し、自らの食文化にあわせて水牛肉を具材にするなどの改造をほどこしているのだが。

西ベンガル州北部の街シリグリという街を訪れた時のことだった。街の中心部に瀟洒で立派なショッピングモールがあった。コルカタやデリーなどの大都市ではなく、こうした地方都市のショッピングモールには何が売っているのだろうという何気ない興味からふらりと訪問した私は、偶然、敷地内に隣り合わせに建っていた2軒のブースを見て思わず立ち止まった。かたや魔改造された「革新的」モモで全国展開するWow!Momoのブース。かたや地元シリグリのネパール系の創業者による、マトンやチキンといった具を包んで蒸しあげた「伝統的」モモを売るダージリン・モモのブース。よもやこんなところで伝統と革新のモモ対決が見られようとは。シリグリという街はネパール系住民も多く、「伝統的」とされるダージリン・モモの方が有利であるように思えたが、あにはからんやWow!Momoが善戦していたのが意外だった。

シリグリのショッピングモール内で並び建つ、二つのモモ店
シリグリのショッピングモール内で並び建つ、二つのモモ店


ちなみに現在、デリー郊外のグルガオンに進出している日本のカレー・チェーン最大手のカレーハウスCoCo壱番屋では、店内内装やインド人従業員による接客姿勢(入店するとインド人店員たちが日本語で「いらっしゃいませ」を連呼する)からトイレの便器メーカーに至るまで(ウオッシュレット付きのTOTO社製)日本にあまたある支店となんら変わらないことをウリにしている。メニューも一見、日本のものとさほど変わらない。しかし丹念に見ていくと、見た目は似ていても「ベジ・カツカレー」とか「パニール・スピナッチカレー」といったインド人用にわかりやすくカスタマイズしたカレーを見つけることが出来る。その中に「ベジモモ・カレー」なるものが載っていることがひっかかった。

グルガオンにあるCoco壱番屋
グルガオンにあるCoco壱番屋


デリーのCoCo壱番屋は当然、インド人客への提供を想定している。つまりモモというインドにとっては外来であるはずの料理をトッピングしている理由は、それだけインド人の口にモモが親炙した料理である(と、少なくともCoCo壱番屋側は想定した)と解釈すべきなのだろう。今やインド社会にモモは驚くほど深く浸透している。たとえその消費のし方が我々日本人とは全く異なるものであっても。






小林真樹さん

小林真樹
インド料理をこよなく愛する元バックパッカーであり、インド食器・調理器具の輸入卸業を主体とする有限会社アジアハンター代表。買い付けの旅も含め、インド渡航は数えきれない。商売を通じて国内のインド料理店とも深く関わる。
著作『食べ歩くインド(北・東編/南・西編)』旅行人『日本のインド・ネパール料理店』阿佐ヶ谷書院
アジアハンター
http://www.asiahunter.com

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