アンモナイト
後輩の伊藤が昇進した。
俺と同じ本部長という立場だったのに、先を越された。
俺はこの先、出世出来ないのかもしれない。
今朝も部下に対する俺の言動について、人事からやんわりと注意された。
俺よりも年下の人事部長が、俺に凄く気を遣い、「沢木本部長にこんな事を申し上げるのは、大変心苦しいのですが…。」と言葉を選びながら話す姿を見て、笑いそうになってしまった。
人事部長からは、俺が部下を厳しく叱っている姿を度々見て、心の病気になり、休職する事になった社員がいるので、オフィスで声を荒げるのは出来るだけ控えて欲しいと言われた。
厳しく叱った部下が休職するのならまだ分かるが、俺はその社員を1度も叱った事が無い。
最近の若い奴は心が弱過ぎて、ビックリする。
以前も
「女の心を掴めない奴は、お客の心も掴めないぞ!
女を口説け!
彼女位、作れ!」
と言った事が問題になり、人事から注意を受けた。
他にも
「リモートワークをするなと言われました!」
「休日にゴルフに付き合えと言われました!」
「接待の二次会のスナックで、歌う事を強要されました!」
とか、小さい事をいちいち人事に報告され、度々注意されている。
俺のやる事なす事全てが、ハラスメントと受け取られる嫌な世の中になってしまった。
俺はリモートワークには反対だ。
出社してこそ、仕事だと思っている。
同じ空間で仕事をする事で、仲間意識や競争心が芽生える。
web会議にも反対だ。
お客の所へ行き、顔を突き合わせて話すのが、営業の基本だと思っている。
お客に実際に会った時の印象、仕草、醸し出す雰囲気、話している時の空気。
そこから様々な事を感じ取り、どんな人だか判断するのだ。
web会議では顔と声しか分からないし、何より味気無い。
web会議後に実際に会う機会が有ると、小柄だと思っていたお客が実は高身長だったり、若いと思っていたお客が実は同年代だったり、印象が違い過ぎて混乱するので、非常に困る。
接待は必須だ。
酒の席やゴルフでコミュニケーションを取り、お客の懐に飛び込み、受注に繋げる。
そういう場でしか聞けない話も沢山有る。
最近は接待が禁止の会社、ゴルフをしないお客が増えたので、つまらん限りだ。
*****
「伊藤が俺よりも先に昇進したんだよ。
それに引き換え、俺はハラスメントで注意されてばかり。」
帰宅し、妻にそう伝えた。
伊藤と妻は同期、俺と妻は社内結婚だ。
妻は寿退社し、今は別の会社でパートをしている。
「伊藤君は昔から頭が柔らかいもんね。
若い頃から、結婚しない人や子供を作らない夫婦、同性のカップルに対する理解が有ったわ。
リモートワークやweb会議へも肯定的なんでしょ?
伊藤君の頭の中は令和にアップデートされているのよ。
あなたの頭の中は昭和のままだけれど。」
「せめて平成と言ってくれ。」
「昭和よ。
化石の様な価値観。
まるでアンモナイトだわ。」
「アンモナイトかよ。
嫌だな。
俺も今から令和にアップデート出来るだろうか。
伊藤みたいにさ。」
「うーん、時間がかかるかもね。
でも、あなたはそのままで良いと思うわ。
世の中には、化石が好きな人もいるもの。
アンモナイトが好きな人もいるわ。
今の会社で出世出来なくても、アンモナイトらしく営業すれば、良いじゃない。
慕ってくれる人も少しはいるんでしょう?
もしくは、今の会社を辞めて、アンモナイトの人脈を駆使して、合う仕事を見つけるのも有りかもしれないわね。
ただ…。」
「ただ、何だ?」
「あなた以外の生物もこの世に存在し、生きている事を忘れない事。」
「?」
「つまり、あなたなりの価値観で胸を張って生きても良いけれど、他の価値観を否定しない事。
俺はこの価値観が好き!
でも、この価値観が嫌いな人もいるし、他の価値観も有るんだ!
と頭の片隅に入れておく事。
そうすれば、自然とMr.ハラスメントではなくなるわ。
このままだと、老害まっしぐらだから、仕事でも上手く行かなくなる。」
「俺はMr.ハラスメントで、老害予備軍なのかよ。
酷いな。」
「あのね、あなたにこういう事を言える人は、私しかいないのよ。
素直に聞く事!」
「分かりましたよ。」
アンモナイトなりに頑張るか。
何とか平成までアップデートしてみよう。
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