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【5分小説】好きな子の日記帳が置かれていたら

お題:閉ざされた日記
お題提供元:スマホアプリ「書く習慣」より
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 好きな子の日記帳が教室の机の上に無造作に置かれていたら、そりゃ読みたくなるでしょうよ。

 たとえその日記帳の上に伏せた籠が棒に支えられて置かれていて、日記帳を手に取ったらカゴに捕まるタイプの罠だったとしても、籠くらいならすぐ脱出できるし、命に別状はないので大丈夫だと思う。

 もしその籠が鉛とかでできていて、内側にびっしりトゲが生えていたら危ないけど。そんな殺傷力のある籠はそもそも籠として機能しないし、おれは無印良品に売っているような普通の籠の方が好きだなあ。

 で、日記帳である。なんで学校に日記帳持ってきてるんだ。家で書けや。

 忘れて行ったのだろう。外は真っ暗で部活も終わるこんな時間じゃ、紅茶とか淹れて小指なんか立て飲みながらゆっくり日記を1ページ1ページ読んでも誰も咎めるものはいないのだ。
 でも実のところおれは紅茶そんなに飲まない。麦茶が最強だと思っている。

 話題を逸らそうとしても無駄だ。おれはこの日記帳を読みたい。おれにとってこれは彼女の攻略本だ。何が好きか、何が嫌いか、そしておれのことをどう思っているか。

 おれのこと? 日記に書くほどおれは彼女の視野に入れているのか?ただ隣の席の平凡なクラスメイトで、たまにグループワークするとか、それくらいの関わりで。おれについては何も書かれていないかもしれない。それはそれでショックだな。

 それに本人に無断で日記帳を読むなんてやっぱりできない。しかしこんなところに置かれていたら、おれじゃなくても他の人の目につくかもしれない。

 それなら中身を見ずに、本人の机の引き出しにそっとしまっておいてあげるのがベストじゃないか。でもそうすると、どう足掻いても日記帳には触れることになってしまう。うっかり手が滑って開いちゃったらどうしよう。

「丸山くん」

 何か、こう、素手で触ってしまうのに抵抗があるならハンカチとか、シャツの袖とかを間に挟んで処理しても良いし。おれは危険物処理班か。そうだ。これは危険なものだ。でもいくら間接的に触れたとしてもその質量は手で感じてしまう。日記帳を持ってしまう事実は変わらない。

「丸山くんてば」

 じゃあ引き出しを開けておいて、日記帳を棒か何かでつついて、引き出しに落とすようにするか。待て、そうすると彼女の引き出しを開けるというこれまたハードルの高いことをやらないといけない。

「何してるの?」

 顔を上げると、日記帳の持ち主である花村さんと目があった。

「うわあああ!」

 後ずさりしたら自分の椅子につまずいてバランスを崩し、そのまま着席してしまった。

「すみませんすみません何も見てません」

 おれは持っていた筆箱を振り回した。これで日記帳をつついて引き出しに入れようとしたのだ。チャックが閉まっておらず、振り回したついでにシャーペンが数本飛び出して床に散らばった。おれは何をしているんだ。

「見てないって、何が?」

 花村さんは日記帳を持ち上げ、表紙を開けて中からキャンディを取り出した。

 キャンディ?

「友達からもらったの。ブック型のお菓子セット。かわいいでしょ」

 花村さんはにこっと笑って、キャンディを一粒おれに渡した。

「遅くまでお疲れさま、学級委員くん」

 日記帳、もといお菓子の箱をカバンに入れて、彼女は教室から出て行った。

 そういうことか。おれは手のひらに乗せられたキャンディを見る。透明なフィルムに包まれているのは、水色のハート型キャンディ。

 彼女からおやつをもらうなんて、初めてだ。
 記念に写真を撮り、包みをあけて匂いを堪能し、意を決して口に入れる。甘い。

 日記帳ではなかったけれど、これはこれで悪くない。