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不安を煽り続けて成長したオーガニック産業──がんの次はアトピーと発達障害

オーガニック産業は先人たちが築き上げた衛生的な社会や食の安全にフリーライドしているのではないか。添加物や農薬でがんになる、アトピーになる、発達障害になると騒ぐ狼少年ではないのか。

構成・タイトル写真
加藤文

オーガニックを意識したのはいつからだろう

 1990年代半ばに、オーガニック(有機栽培)食品事業を起業した人物からマーケティングや広告戦略の相談を持ちかけられたことがあった。彼はアメリカから輸入した有機栽培トマトの水煮缶を大量に抱え四苦八苦していたが、これほどに当時はオーガニックへの注目度が低くく需要もまだ多くなかったのである。

 日本での有機食品の市場規模の推移を調べてみると、資料として1970年以前の動向がわかるものがなく、1990年代は成長期にあたっているものの現在の半分程度の規模だった。

農林水産政策研究所シンポジウム/日本における 有機食品市場の規模と構造
酒井徹
https://www.maff.go.jp/primaff/koho/seminar/2021/attach/pdf/220208_04.pdf

 この報告では流通の推移も分析されている。

 前述の人物が有機食品事業を起業したのは一般スーパーで有機食品の取り扱い量が伸び始めた時期だったが、熱心なユーザーたちは専門流通業者や自然食品店などから有機食品を買っていた。スーパーマーケットの姿勢はまだ慎重で、熱心なユーザーを顧客にしている店には取引先との強固な関係があって、どちらにも食い込むのが難しく在庫がなかなかさばけなかったのである。

 多くの人々がオーガニックを意識しはじめるのは、加工品や外食産業が「有機」をアピールするようになる2000年代以降と言ってよいだろう。


寄生虫と洗剤と1970年代

 統計にオーガニック食品が登場しはじめる1970年代とはどのような時代だったのか。

 それは台所用洗剤で野菜を洗うのが推奨された時代から、水洗いで済ます時代への過渡期であり転換期だった。

 現代の台所用洗剤は、むしろ食器用洗剤と呼ぶほうが一般的かもしれない。しかしライオンが1966年に発売した台所用洗剤のヒット商品「ママレモン」の用途は“野菜・果物・食器・調理用具用”と記載されている。

 ママレモンの用途に野菜と果物が含まれていただけでなく、家庭の衛生について書かれた文章に台所用洗剤で野菜を洗うよう推奨されていたほか、1969年(昭和44年)刊行の三角寛著の漬物レシピ集『つけもの大学』では、さらし粉(カルキ/次亜塩素酸カルシウム)を溶かした水で野菜をよく洗うよう指示されている。このように1970年代の前半まで、人々は野菜を水洗いだけで済ますのに抵抗があったのだ。

 野菜を洗剤で洗うよう推奨されたのは、人糞肥やしが肥料として使われていたことの影響が大きい。戦後GHQによって人糞肥料の使用中止が命じられ、1960年代は人糞肥やしが肥料として使われなくなっていく過渡期だったことが、日本人の寄生虫卵の保有率の推移からも読み取れる。

出典:日本寄生虫予防会 https://aidh.jp/archives01/japc/

 おしゃれな食べ物としてサラダが食卓に浸透しはじめるのが1970年代だが、野菜を生で食べる抵抗感が減った背景には、洗剤で洗うことで得られる安心感がまずあり、人糞肥やしの印象が薄れたことがあるとみてよいだろう。

 1970年代にオーガニックという概念や存在はお呼びでないものであり、寄生虫卵が付着しているかもしれない不潔なものと同一視されてもしかたないものだったのだ。


食中毒と食品添加物と1970年代

 1970年代で特筆すべきことに、食中毒死が大きく減ったことが挙げられる。

 以下は味の素食品「ホントに知っていますか?食品添加物のこと」に掲載されている食中毒死者数と日本人の平均寿命の推移を表したグラフだ。1960年代から70年代にかけて日本の食中毒死が減り、味の素の同ページでは「食中毒の減少に非常に大きな役割を果たしたのが、冷蔵庫と保存料です」と明言している。

日本における食品安全の現状
https://www.ajinomoto.co.jp/products/anzen/know/additives_01.html

 何かと問題視される食品添加物だが、そのなかでも忌避感が強い保存料の使用が広がっても日本人の平均寿命が下がることはなく、1960年代から70年代だけでなく現在まで日本人の寿命は伸び続けているのだ。

 1970年代は化学肥料の使用が一般化して寄生虫卵の保有率が下がっただけでなく、食品添加物の使用をふくめ衛生状態が激変した時代だった。ただし70年代は工業化によって空気や水の汚染が著しくなり、科学(化学)忌避や工業的につくられる食品への不信感が芽生えた時代でもあった。

 こうしてオーガニックな食品が浸透する背景がかたちづくられていったのだ。


がん死が増えた1980年代

 1980年代になると衛生状態はかなり向上し、さらに高度になる現代に続く基礎が固められた時代だった。また医療の発展と長寿社会となった影響で、1981年に死因の第一位が脳血管疾患から悪性新生物(がん)に変わった。

 統計上で81年にがんが死因の一位になっただけでなく、70年代初頭から着実に死亡率があがっていたため、人々はがんの恐ろしさを意識せざるを得ない状況にあった。

 1975年、紅茶に産膜性酢酸菌を培養する紅茶キノコが健康食品として大流行し、高血圧、糖尿病などの予防や治療に効果があるとされたがなかでもがんに効くという噂は人々の期待を集めた。

 また3年後の1978年には、 山崎豊子原作の『白い巨塔』が三度目の映像化を果たしている。二枚目俳優として人気が高いうえにスキャンダルを抱えていた田宮二郎が演じる財前五郎に注目があつまり、がんを扱ったドラマは各賞総なめの話題作となった。

 この頃から健康食品ブームがはじまり、朝鮮人参など古くからある漢方薬種のほかサルノコシカケを使ったものなどさまざな製品が登場している。なかでもサルノコシカケや深海鮫の肝油(スクアレン)はがんへの効能が高いとされ、以後長きにわたりブームが続いた。

 こうした健康食品とともにオーガニック食品の社会への浸透がはじまる。健康食品産業もオーガニック食品産業も、時流にあわせて農薬や添加物ががんを引き起こしていると不安を煽ったのだ。

 なお1980年に水耕栽培品のかいわれ大根が広く市場に流通しはじめる。製造したのは深海鮫の肝油製品を製造販売していた静岡県の企業で、発明家を名乗る創業者が取り組んだ新分野の事業だが、農薬をつかわない印象がある水耕栽培に健康食品企業として将来性を感じてはじめたビジネスだった。

 いまどきかいわれ大根をオーガニックな食材と感じる人々はほとんどいないだろうが、日本の一般家庭に有機栽培風の野菜が入り込むとば口が80年代のかいわれ大根だったのである。

 この頃から野菜や果物の表面につく天然物質の白い粉(ブルーム)やワックス質を農薬の付着と勘違いする人が増えていった。農業分野ではブルームのないキュウリの品種改良が進められ、前述の肝油会社のK社長は商機到来とばかり第二のかいわれ大根となり得る野菜を探しはじめたのだった。


アトピーと発達障害が注目された1990年代

 1990年代に入っても、あいかわらずがんは死因第一位の座にあり続けた。サルノコシカケや深海鮫の肝油にとどまらず、ありとあらゆる健康法や食品、サプリメントががんに効くと宣伝するなどして薬事法(現薬機法)で摘発されている。

 1980年代にアトピー性皮膚炎が年長児から若年層で症状を訴える者が増加していたが、1990年代に入ると激しいステロイドバッシングがはじまり、ステロイド断ちした赤らんだ顔をした人を見かける機会が増えるようになった。

 また1980年代になると注意欠如や多動とといった症状がADHDと集約されたことで、1990年代になると一般にも発達障害が知られるようになった。

 すると健康食品産業とオーガニック食品産業は、アトピー性皮膚炎や発達障害は農薬や添加物が原因となって発生していると主張し、不安を煽りはじめたのだった。このほか長寿化、高齢化の影響で認知症が社会問題化しはじめ、農薬や添加物に加えてアルミ製品の害も健康食品産業とオーガニック食品産業によって煽られていくのだった。

 ちなみに1982年発売の台所用洗剤チャーミーグリーンの用途には“野菜・果物”が含まれているが、1995年から順次販売地域を拡大させたジョイ(JOY)には含まれていない。

 台所用洗剤の用途項目の変化に、日本社会の衛生観や健康観があらわれている。

 1980年代初頭は旧世代に野菜や果物を台所用洗剤で洗う習慣が残っていたかもしれないが、1990年代は寄生虫と野菜を結びつけて考える人が皆無になり、2000年代ともなると野菜や果物を洗剤で洗う意味がわからなくなっていった。この過程で、この世の汚れは人糞や寄生虫や泥ではなく、農薬や添加物など化学物質としてイメージされるようになっていったのだろう。

 野菜や果物のブルームやワックスを農薬と誤解する人々のなかには台所用洗剤で洗い流そうとする人がいたほか、オーガニック産業の末端ではホタテ貝殻焼成パウダーを水に溶いて使うと農薬が落とせると虚偽の宣伝をして販売するものが後を絶たない。


ワクチン忌避と2020年代の動向

  1950年代から1960年代は人糞や寄生虫や泥が不潔さの象徴だった。

 1970年代は清潔さが向上し、公害が問題視された。

 1980年代はがんへの恐怖が高まり、健康食品産業とオーガニック食品産業が農薬や添加物の不安を煽りながら市場を拡大しはじめた。

 1990年代はアトピー性皮膚炎と発達障害、認知症の不安を煽った。この傾向のうちアトピー性皮膚炎と発達障害への不安訴求は2000年代から2010年代で最大化した。

 2020年代のコロナ禍では健康食品産業とオーガニック食品産業の中小零細企業家や商店主などが反マスク、反ワクチンの活動家になる例が少なくなかった。なかにはシャボン玉石けんのように経営者が反ワクチンを唱える例もある。

 ワクチン忌避にはさまざまな理由があるが、1970年代から続くワクチン訴訟やHPVワクチン反対派の周辺では、ワクチンに含まれる成分・添加物が副反応のみならず自閉症やADHDを引き起こすという説が主張され現在に至っている。またワクチン添加物害悪説がさまざまな陰謀論の証拠として採用されているのは多くの人が知るところである。

 オーガニック産業やオーガニックな人々は、常に不安と危機を訴求する。しかも折々の時代で社会が注目する健康問題に、農薬や添加物原因説を持ち出してくる。オーガニック食品の性格上、市場拡大のためには不安や危機によって一般化している食品を否定しなければならないのだ。

 ところで認知症アルミ原因説はどこへいったのだろうか。WHO(世界保健機構)やFDA(米国連邦食品医薬品局)、アルツハイマー病協会などが否定する見解を出したことで勢いを失ったのだろうか。

 もし健康食品産業やオーガニック食品産業がアルミ以外の鍋を主力商品にしているなら未だに危機を煽っているかもしれないが、いまオーガニック産業の主戦場は子育て世代市場にあり、彼らはアトピー性皮膚炎と発達障害とワクチンの害を煽ることに忙しい。あやしい健康法は、ママ友とくにインスタグラム上の女性集団を介して広がり被害者を増やしているのだ。

 

フリーライドする狼少年なのか

 人類の歴史は感染症との闘いと言われる。それは遠大な歴史を語るまでもなく、この記事で紹介した1950年代から現在までの平均寿命の推移と長寿化の要因をみるだけでもあきらかだ。そして、はっきりさせておきたいのはオーガニック食品の市場が拡大したことと長寿化はまったく関係なく、オーガニック化で疾病や障害が未然に防げたり治ることもないのである。

 寄生虫卵保有率が下がったのは化学肥料を適切に使用する農業が一般化したためで、化学肥料や殺虫剤などは食料の安定供給にとって大切な要素でもある。食中毒死亡者が撃滅したのは冷蔵保存のおかげだけでなく保存料が広く使われるようになったからだ。

 しかし健康食品産業やオーガニック産業は健康への不安を煽りながら、有機栽培食品や食品添加物不使用の商品を売り続けている。社会の不潔さが解消されたあと、不潔さを解消するため使用されている化学肥料、添加物といったものを一方的に悪者に仕立てて商売しているのだから、他者が築き上げた信用を利用して利益は享受するが還元しないフリーライド状態にあると言われてもしかたないだろう。

 さらに健康食品産業やオーガニック産業はがん原因説、アトピー・発達障原因説だけでなくワクチン陰謀論まで振りまくとあっては、「狼が来たぞ」と騒ぎ立てるイソップ寓話の少年そのものではないか。

 がんに効く深海鮫の肝油を製造販売してかいわれ大根を売り出した企業と親族が関係していたことから、私は10代から健康食品産業やオーガニック産業の内側をまざまざと見てきた。すくなくない数の大衆と人気とりに忙しい政治家や経営者などが、これら産業の庇護者だった。そしてインチキを押し通すことで信じる者たちを集めて維持するさまはカルトと言っても過言ではなかった。

 なぜ、こうした健康食品産業やオーガニック産業の悪弊を私たちの社会は許してきたのだろうか。まじめな生産者や加工業者や医師たちが、根拠のない噂によって誹謗されるのをあたりまえにしてしまったのだろうか。



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