自己表現を他者に贈る(靴で酒を飲みました)
こんにちは
ついに念願叶って靴でお酒を飲み干した長谷川です。
なぜ靴で酒を飲むのか
このシューイ(shoey)と呼ばれる素晴らしい行為はオーストラリアの文化と俗に言われている。(ソースは伝聞です)
何が面白いかって、オーストラリアの人々がそれは我々の文化ではないと揃って否定するのに、じゃあこれをやっている人を見たことがありますか?と質問するとほとんど回答がYESなのだ。
つまり認めたくないが多数のオーストラリア人がシューイを行なっているのだ。
その感想は、、、
飲みやすい!笑
飲み口の形が楕円ですごく飲みやすいのです。
これを考えた人は天才であるに違いない。
調子に乗ってオーストリア産(オーストラリアではありません)のスパークリングワインを三杯もシューイでいただきました。
ダブリンは素晴らしい経験をくれた。
本当にやっているのか疑わしいと思う方は私のFacebookで動画が見れます。
Youtubeにアップするべきか迷い中。
さて前置きが長くなりましたが、本題はここから。
今年から本格的に絵を描き始めましたのですが、一つこれから定期的にやろうと決めたことがあります。
人への贈り物として絵を描くということ。
人に何かを贈る際、やはり物を買うというのが最もポピュラーな選択肢なのではないかと思います。
ただ、何を買えば喜ばれるのかという問いのハードルがすごく高い。
さらに言えば、その問いの答えを自分なりに捻り出しても、それが本当に相手にとって良かったのかを知ることは無いということが悲しい。
なぜなら受け取った相手は何を貰っても喜ばなければいけないからだ。
我が家に新しいトースターが来たばかりなのに同じものを貰ったよ!
でも一生懸命考えて高い値段で買ってくれたんだよ!
こんなの悲劇でしかない。
だから私はこの正解のない問いに挑戦することなく、自分だけができることをしていこうと考えました。
この絵を描いてある人に贈りました。
ここには自分なりの表現でその人との思い出と関係性をぶち込みました。
やってみて思ったのが、自分の表現力と絵の技術を高められるのは言うまでもなく、贈る相手との物語を創り出す作業がとてつもなく良い時間だということ。
贈る相手のことを真剣に考えることができるのです。
相手が持ってないものや好きなものを考えなければいけないという不必要な要素が無い、純粋に相手と自分との関係性のみを考慮してできたものを贈ることができる。
そして、こうして贈る相手には芸術の真価を日常で楽しんでもらう。
アートを日常に溶け込ませたい私からすると、これ以上に無い贈り物の形である。
これは相手のことを最も考えた贈り物であるため、よく世間で言われるネガティブな自己満ではなく、最高にポジティブな自己満である。
これを積み重ねて私はもっと表現力を高めていきたいと思う。
あと、見た目より気持ちの良い飲み方だと気づいたのでシューイもこれから度々やっていこうかなと思いました。
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