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「量」の採用から「質」の採用へVol.8(3/7)

5.人物像と経営戦略をリンクさせる

ここでいう「将来」とは、10年後20年後の将来ではありません。転変の急激な現在のグローバル経済にあって、そんな先のことは神様でないかぎり見通せないでしょう。そうではなく、少なくとも3年後、5年後くらい先は見据えていただきたいというのが、戦略的採用を提唱する私の趣意です。 

その時点においてどんな人材が必要とされるか。そのことを考える資料となるのが、会社の中長期の事業計画であり、そのもととなる経営戦略であり、そして自分たちの組織の客観的な診断です。 

たとえば経営戦略からは、会社が進むべき大きな方向性や、そのとき経営の軸足はどこに置かれるのか、あるいは社員はどのような姿勢で仕事に取り組むことが期待されているか、といった情報が読み取れます。また中長期の事業計画からは、3年後、5年後の売上げ・利益計画の数字を見れば、「選択と集中」がどの事業に適用されようとしているのか、つまり今後の人材投入がどの事業に集中されようとしているのかがわかるでしょう。 

たとえばメーカーなら、Aという「川上型」の事業(原材料に近い事業)が縮小し、Bという「川下型」の事業(製品の加工度が高く消費者に近い事業)が拡大される場合、あるいは銀行の経営戦略で、経営の軸足を今までの「商業銀行業務」(預金と貸し出しの金利差で利益を生みだす従来型業務)から「投資銀行業務」(M&Aなどのアドバイザリー業務を通じて、その手数料や成功報酬を利益とするような業務)に移行していくことが明記されている場合、当然その変化の方向にある重点事業や重点業務に適合する人材が、3年後、5年後において必要となると予測できるわけです。 

上に例示したメーカーの場合なら「消費市場で力を発揮するような人材」、銀行の場合なら「企画提案力や交渉力・調整能力をもった人材」ということになるでしょうか。 

もちろん、こうした「読み」や「予測」は、採用担当者には少々荷が重いでしょう。ですから、少なくとも人事課長レベル以上の方の参画がぜひとも必要になります。つまり、そうした上位職の「賛同」こそが、採用を戦略的に構築する際の前提となるのです。 

なお、こうして想定される人物像を、コンピテンシーの考え方を用いて面接での評価項目に落としこんでいく方法は、第5章でご説明した内容と同じだと考えてください。たとえば、消費市場に直結した営業力や投資銀行業務における交渉力とはどういうものかを定義し、それがどのような行動特性をもつ動きなのかを主要行動(キーアクション)として抽出するわけです。 

採用というプロジェクトを企業全体の目的に合致させ、その達成に貢献するためには、自社の将来方向を見据え、そこで必要とされる人物像を能力要件に翻訳したうえで採用戦略の中に組み込んでいく必要があります。 

そしてその翻訳の格好の材料となるのが、その会社のビジョンやバリュー、そしてボードメンバーによって練りに練られた経営戦略であり、それに基づく事業計画であることは、以上に述べた理由からなのです。

6.採用は経営そのものにかかわる問題

いずれにせよ、人事担当課長や人事担当部長といった方々が採用というプロジェクト全体の改革について問題意識をもち、それとともに最終的にはトップをも巻きこまなければ、コンピテンシーを軸にした採用活動の戦略化は成功しません。 

採用プロセスの中で、最も重要なポイントとなるのはたしかに面接ではありますが、採用活動とは応募者を募集し、母集団形成という入口から最終選考という出口にまで至る一連の流れの総体だからです。新卒者採用の場合、あるいはこれに初期配属先の決定という次の舞台への入口までを含めてもいいかもしれません。 

面接の場面だけを「行動質問を中心としたコンピテンシー面接」に改善しても、この一連の流れ全体を一つのシステムとして改革しなければ、採用活動の見直し、再構築=採用の戦略化は不完全なまま終わってしまうでしょう。 

そして何よりも、採用は経営そのものにかかわる重要な問題です。

ここであらためて、「なぜ、採用のあり方を見直さなければならないのか」を思い起こしてください。それは次のようにまとめることができます。

――「思いこみ・決めつけ」採用が〝サプライズ社員〟の流入を許し、その影響が何年かのちに組織の衰弱という形でポディプローのようにきいてくること。
 
――コンピテンシーをベースにした人材の評価・選考が、徐々にではあるが確実に、職場の活性化や生産性向上に寄与すると期待できること。
 
――それがひいては、現在および将来の企業競争力の強化につながっていくこと。

これらのうちのどれ一つとして、経営にかかわらない問題はありません。まさに「経営はヒト」であり、企業価値を生みだす最大の経営資産であるそのヒトを、募集し、評価し、経営資産の一つに組み入れるかどうかを判断するのが、採用なのです。 

そしてもう一つ、採用戦略の中に組みこんでいただきたい重要な「採用の目的の中に、将来のリーダーとして期待できる「コア人材」の確保」があります。このことはまさに「将来の経営」に直結する問題といえるでしょう。 

営業主体の企業にありがちなことですが、評価する対象を営業活動の遂行に必要なコンピテンシーに集中させ、「それを満たさないけれども知的能力の高い人」を事務職として採用するという方式では、こうしたコア人材の見極めがつきません。 

少なくとも「リーダーシップ」や「統率力」といったコンピテンシーの要素を、面接での評価項目に組み入れ、たとえば「採用人数の2割はコア人材を確保する」という目標を設定して、その発掘と確保に取り組んでいただきたいと思います。

先に私は、人事サイドの視点から「トップを巻きこむ」という表現をしましたが、むしろ経営者の方には、採用というものを右に述べたような意味で捉え返し、従来型採用の見直しと改革をご指示(少なくともその提案や提言にコンセンサスを与えて)いただきたい。それとともに採用プロジェクト全体に対しても、もっと積極的にコミットしていただきたい、と切望しています。

【著者プロフィール】 伊東 朋子
株式会社マネジメントサービスセンター執行役員 DDI事業部事業部長。国内企業および国際企業の人材コンサルティングに従事。

お茶の水女子大学理学部卒業後、デュポンジャパン株式会社を経て、1988年より株式会社マネジメントサービスセンター(MSC)。

人材採用のためのシステム設計、コンピテンシーモデルの設計、アセスメントテクノロジーを用いたハイポテンシャル人材の特定およびリーダー人材の能力開発プログラムの設計を行い、リーダーシップパイプラインの強化に取り組む。
(※掲載されていたものは当時の情報です)

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🔵会社概要

会社名:株式会社マネジメントサービスセンター
創業:1966(昭和41)年9月
資本金:1億円
事業内容:人材開発コンサルティング・人材アセスメント


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