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映画館デート

 映画監督になるのが夢だったが、そう上手くはいかなかった。それでも映画に関わる仕事がしたくて、太陽系のはずれに小さな映画館を建てた。今では貴重になった古い地球の映画を専門とするミニシアターだ。
最初こそ繁盛したが、次第に客足は減り、半ば意地で続けてきたが、さすがにもう潮時らしい。来月で閉館することを決めた。
 閉館するにあたって、一つだけ気がかりなことがあった。常連客の中でもかなりの頻度で来館し、同じ映画だけ見ていく女性。首元に識別コードが見えたのでサイボーグなのだろう。彼女の憩いの場を奪ってしまうことが心苦しかった。だから今日の上映後、思い切って声をかけた。
「いつもこの作品をご覧になってるようですが、お気に入りなんですか?」
「あらやだ、バレてたのね」
失礼な質問だったかなと思ったけれど、彼女はふふふと笑った。
「実は、恋人が映ってるんです、エキストラですけど」
30代半ばくらいに見える彼女の外装に惑わされてしまったが、おおむね老いた肉体からサイボーグに乗り換えたといったところなんだろう。……もしかしてその恋人は既に亡くなっているのか?
「あの……実はここの映画館、来月で閉めることになったんです」
「あらそうなの、それは残念だわ」
「それで、よかったらこの作品、貰っていただけませんか?」
「えっ?」
僕の急な申し出に流石に驚いたらしい。
「実は祖父がこの作品の監督なんです。そんな大事な作品なら、貴方が持ってたほうがいいと思って」
「そうなの?でも、ごめんなさい、遠慮しておくわ」
今度は僕が驚いた顔をしてしまった。
「彼ね、エキストラだから小さくしか映ってないの。大きなスクリーンで見れば、彼のことがよく見えるでしょう?でも、私の家じゃ狭すぎるの。閉館は来月でしょう?それまでまた会いに来るわ」
「わかりました、お待ちしています」
僕は深く礼をして、彼女たちの最後のデートを見届けようと決めた。

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風合 ダディ 文吾さん( https://twitter.com/sk_toki )から頂いたお題「映画館」で作成しました。ありがとうございました!



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