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インド物語-デリー③-

宿の近くには美味しいビリャニが食べられるレストランがあった。それは日本で食べるチャーハンの味に限りなく近くて、手を伸ばせばもう東京に触れられそうな気がした。

脂っこくて、でもパサパサとして、胃の良いところに当たって、きちんとお腹が膨らんでいく感じだった。デリーに滞在している間はだいたいそのレストランで食事したので、通り道に顔見知りができた。

彼らは入り組んだ路地裏に店を構える商店の主人たちで、いつも軒先に椅子を持ち出して、あーでもない、こーでもないと集まってなにかを言い合っていた。

なにを言ってるのかは全くわからなかったが、冗談を言い合っているというよりは、何かについて真剣に議論しているみたいに見えた。身振り手振りにキレがあって、劇中の俳優が真剣に演技しているようだった。

私が手を振ると、はたと話を中断して全員が手をあげて挨拶した。にこやかに笑う人もいるし、議論によって刻まれた眉間のシワを取り忘れたままの人もいた。

ある日、その路地裏でアクセサリーを体中に巻き付けた老女とすれ違った。西洋人で金髪の半分が白髪になっていて、その上に真っ黒で大きいサングラスをのせていた。白い肌に擦り込んだ香水の匂いを細く暗い路地に残していった。大ぶりの金のブレスレット・リングは細い腕に揺れて楽器みたいにシャンシャンと音をたてた。

彼女へ沸いた興味がフツフツと煮立つ煙のようになって頭の後ろをくゆらせた。しばらく歩いてから私は踵を返し、彼女の後を追ってみることにした。

迷路みたいな路地に彼女の香水の匂いがハッキリと残っていたが、姿は見当たらなかった。私は右に行ったり左に行ったり振り返ったりしたが、結局見つけられなかった。

仕方がない。見つけたとして、なんて声をかければいいかもわからないのだから。それで元来た道を帰ろうと思ったら、ここがどこだか分からなくなっていた。見慣れた主人たちもビリャニのレストランの看板もなかった。

こうして私はインドの中心で一人迷子になった。

サポートしていただいたお金で、書斎を手に入れます。それからネコを飼って、コタツを用意するつもりです。蜜柑も食べます。