むるめ辞典
■地獄
[読]じごく
地の獄
[例文]
やかましいほど賑やかな女性用の化粧室は薄い壁を隔てた給湯室の隣にあった。
給湯室のコーヒーメーカーは昼過ぎにはいつも空っぽで私がコーヒーを淹れている。弁当箱を洗うのに混まない時間だったし、午後のやる気スイッチをゆっくり押す時間に設定していたのだ。
コーヒーが沸くのを待っていると、いろんなひとの悪口が薄い壁の向こうから、悪魔のように単調な口調で聴こえてくる。
悪魔たちはきっと、すぐ隣に生身の人間がいることに気がついていない。
コーヒーを淹れることもないし、弁当箱を洗うこともないし、自分たちが下手打つなんて、想像もついていないのだ。
化粧室から出た悪魔が私に気付いて、人間界に戻ったときの声で挨拶する。
それが恐ろしく感じ良く空気を震わせる声で、しかも魅力を撒き散らすような笑顔も添えている。
地獄の住人に血を吸われたかのように、私の血の気は引いた。
私もどこかで悪魔の会話の餌食になっているのだろうと思う。
そのことについて深く考えないようにしている。
そんなこと気にしてたら、とてもじゃないけど、社会に出て仕事なんてできない。
サポートしていただいたお金で、書斎を手に入れます。それからネコを飼って、コタツを用意するつもりです。蜜柑も食べます。