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「名もなき人たちのテーブル」席では、ひっそりと面白いことが起こることになっている。

【読書記録】

名もなき人たちのテーブル
マイケル・オンダーチェ

わたしたちみんな、おとなになるまえに、おとなになったの――。
11歳の少年の、故国からイギリスへの3週間の船旅。それは彼らの人生を、大きく変えるものだった。仲間たちや個性豊かな同船客との交わり、従姉への淡い恋心、そして波瀾に満ちた航海の終わりを不穏に彩る謎の事件。
映画『イングリッシュ・ペイシェント』原作作家が描き出す、せつなくも美しい冒険譚。

文字を目で追っていると、瑞々しい言葉が波のように心に寄せては返し、胸の奥で沸き立つ静かに熱く燃える何か…を抑えきれなくなった。
鼻の奥がツンとして、視界がぼやける。

─人生
─その中で出会う人や事物
─自分を失い、流され、落ちゆく深淵

出会わなければよかったのに出会ってしまった人。
出会うべくして出会えた人。

その誰とだっていつでも会える、なんてことはない。

懐かしい声を聴くために。
もしくは、もう聞くこともないと思っていた声を聴くために。
鼻の奥に残るあの香りを求めて。
あるいは、嗅ぐだけで胸の痛みが蘇るあの香りを求めて。

会いにゆかねばならないときがきっとある。

自分には足かせが嵌められていると勝手に思い込んで動けずにいるのかもしれない。
でも、たとえ足かせが嵌められていようとも、その鍵はすでに私の手中にあるかもしれない。
その手に握る鍵を、鍵穴に差し込んで回しさえすればいいのかもしれない。

会いにゆかねばならない人がきっといる。


静かに旅をするような気持ちで読了。
帯に書いてある一節がすごく好き。

とにかく、うちのテーブルのほぼ全員、キャンディに店をかまえる寡黙な仕立て屋のグネセケラさんにしろ、愉快なマザッパさんにしろ、ミス・ラスケティにしろ、それぞれの旅には興味深い事情がありそうに見えた。たとえ口には出さなくても、また、今のところは知られていないとしても、そんなことはおかまいなく、オロンセイ号におけるうちのテーブルの位置づけは相変わらず最低で、一方、船長のテーブルの連中は、いつも互いにちやほやしあっていた。それは僕がこの旅で学んだ、ちょっとした教訓だった。面白いこと、有意義なことは、たいていなんの権力もない場所でひっそりと起こるものなのだ。陳腐なお世辞で結びついた主賓席では、永遠の価値を持つようなことはたいして起こらない。すでに力を持つ人々は、自分でつくったお決まりのわだちに沿って歩みつづけるだけなのだ。

そう。派手じゃなくったっていい、面白くさえあれば。

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