王家の鈴木
【ナースのはなし】
あるあるなのかもしれないが、病院というところはまぁ、その筋の方によく出会う。
しかも、腕やら裸体やらをよく目にするせいで、いつの間にやら刺青というものにも慣れっこになってしまった。
これは、救急で勤務していたときの話。
心筋梗塞で搬送された田中さん(仮名)、60代男性。
私のおぼろげな記憶では、搬入時に意識はなく、すぐに挿管(人工呼吸のため喉の管をいれること)され、カテーテル治療後に、救急ICUに帰室…したようなしないような。
私が受け持った時点で、彼の体のアッチコッチから、点滴、人工呼吸器、動脈圧ライン、IABPなど、ありとあらゆるチューブが伸びていた。
薄緑色の長病衣の袖は通さずに、ふんわりと彼の胸の上にかけられていた。
勤務がスタートして、一番はじめに行うこと。
それは、すべてのチューブが、適切な場所で、適切な働きをしているかを確認すること、である。
私は、胸にかけられている病衣をめくった。
胸の和彫りが目に飛び込んできた。
一見チョッキのような、このデザイン。
『胸割り』と言うそう。
その胸割りの間には、古代エジプトの王の名を記すときに使われたカルトゥーシュのような楕円形の中に、縦書きで二文字の漢字が書かれていた。
私は、彼の口腔ケアをするときに
『鈴木さん、お口の中キレイにしますからねー』と言い、
チューブ類のチェックをするときには
『鈴木さん、ちょっとここを見せてくださいねー』と声をかけた。
体位変換のときだった。
『鈴木さん、反対向きになりますよー』
と声をかけたところ、
『いや、田中さんだし!』
先輩にツッコまれた。
そう、彼は田中さんだ。
胸のど真ん中に彫られた❨ 鈴木 ❩に引っ張られ、私は勤務からの数時間、何をするにも『鈴木さーん』と声をかけていた。
所属しているお部屋の名前か何かだろうか。
もしくは、本当に王家の方だったのだろうか。
なんのはなしですか
鎮静剤で眠っている状態だったけど、耳からの情報は脳に届いていると言われているので、『わたくし、鈴木ではございません。』と思われていたに違いないはなし。
その後の鈴木さんがどうなったのか?
目を覚ましたのか、覚まさなかったのか、本当にいたのか、いないのか、私の夢だったのか、現実だったのか、真実なのか、嘘なのか。
残念ながら全く覚えていない。
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