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痛みを抱えてもまた、そこに立つ事から始めるしかないのだ【6/11楽天戦⚫️】

ジャイアンツ球場で、後ろに座ったおじさんたちが、松本友くんを見ながら「でもあの100番台の背番号の子とかはさ、この二軍の球場に立てるだけでもうれしいんだろうね」と話していた。

そうだよな、と私は思う。もちろん、誰もが目指すものはもっともっと上だろうけれど、プロの公式戦のグラウンドに、そこに立てる、それがまず素晴らしいことだ。

センターフライをうまくキャッチしたぐっちに、なっしーが笑顔で頭を下げる。ぐっちも笑う。ぐっちはしょっぱなからヒットを打ち、盗塁をし、二打席目でツーベースを放ち、そのまま上田のタイムリーでホームに戻り、ついでに上田は牽制アウトになり、そのついでにぐっちは次の次の打席でノーアウト2塁からバントを失敗した。

いろいろな景色が、そこにぎゅっと詰まっていた。いつものような景色も、いつもとは違う景色もあった。でもとにかく、ぐっちも、上田も、なっしーも、そこに立ち、野球をしていた。

雨を心配していたジャイアンツ球場は、すっかり晴れて日差しがきつかった。「まつやまみたいだねえ!」とむすめが言う。そういえば、そうだ。松山でもこんな日差しの中、目の前で選手たちを見ていた。

みんな、みんな必死だった。必死のパッチだった。レギュラーをつかむため、そして、一勝を積み重ねていくため。

でもあれだけ練習しても、あれだけやっても、なかなか一軍には上がれなかったり、上がってもなかなかヒットが出なかったり、そして死球を受けて骨折したり、思い通りにいかないことは山のようにある。

ぐっちは言う。

「(実践復帰の難しさの)一番は、痛かった時の感覚が無意識に残っていること。もう痛くなくても、痛かったの時のように少しかばってしまったり。これは慣れるしかない」(丸ごとSwallows第46号)

悪い残像は、いつまでも尾をひく。痛みの記憶は、いつまでも動きを止めてしまう。思うように手を動かせなくする。

大型連敗をようやく抜け出しても、どうしても、あの負け続けた日の記憶が頭をよぎる。これは、また、無理なんじゃないかな、と、つい思ってしまう。そしてヤクルトは、連敗中のように、今日も負ける。

それでも、ぐっちは言う。

「早く帰りたかった。プロの世界なんで、結果出んかったら、アイツはあかんなあと言われとけば済む話。自分が打てば、そういう声も消えていくだろうし。でもその場に立たないことには、何も始まらない。治ってから、万全になったら…とやっていたところで、どれが完璧な状態なんやろ、という話やからね」

二軍のグラウンドに立つ。いつか一軍に昇格する。初ヒットを放つ。契約更改で去年より良い金額を提示される。

でもまたその世界には、怪我や、死球や、若手の台頭や、もちろん体力の衰えや、色々な困難と痛みが待ち受ける。

チームは一位になったり、大型連敗したり、勝ったり、負けたり、勝ち切れなかったりする。

だけど、それでも、いつだって、そこから始めるしかない。その記憶に、残像に、少しずつ打ち勝ってゆくしかない。もしくは、折り合いをつけて、受け止めて生きて行くしかない。

大人になるにつれ、みんな多かれ少なかれ、何かの痛みを抱えて生きて行くのだ。その痛みとの付き合い方を、身につけてゆくしかない。

喜びも、悔しさも、痛みも、苦しみも、全部ひっくるめて、そこで戦い続ける。チームも、個人も、痛みを抱えてもなお、まずはそこに立つ事からまた、始めるしかない。それはとても厳しい世界だけれど、だけどいつだって、そこに立つ事から全ては始まるのだ。育成選手が、その二軍のグラウンドに立つように。

そうしてぐっちが痛みを乗り越えることを、チームが連敗の残像から乗り越えることを、信じてそっと、待っている。また今日も、そこに立ち続ける人たちを思いながら。



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