創作#5 目が覚めたら、ピンクスパイダーになっていた日【ショートショート】
ピンク色の蜘蛛になっていた日【ショートショート】
ある日、瑠奈は変わった夢を見た。
その夢の中で、わたしは蜘蛛になっていた。
小っちゃくて、足は8本もあって、そして体はピンク色だった。
ケバケバしいその模様に見とれたりもしたが、
すぐにそれどころではないことに気付いた。
蜘蛛の世界はわたしが知っている世界とは全く異なり、蜘蛛たちが生きる方法、交流する方法、考える方法はそれとは全く違うものだった。
わたしはこの世界で生きるために、自分の小さな脳をそこだけに、最大限に使わなければならなかった。
危険を避け、そして食べ物を手にするために糸で網を張る。わたしは蜘蛛たちの生きる術を身につけていった、驚くほどの速さで、しかもとても自然に。
それはとても清々しかった。
わたしは生きている心地よさを感じた。
蜘蛛の脳は人間のそれよりはるかに小さい。
必要な情報のみを処理し、脳を生きることだけに最大限にコスパよく使う。ムダなことには使わない。
一方、人間の脳はムダなことばかりに使っている。
相手がどう思うか?
未来がどうなるか?
外の世界はどうなっているのか?
蜘蛛からすれば思いもつかないこと。
それは人間だけに与えられたギフテッドだった。
でもそのギフテッドこそが、これこそが生きているという実感をわたしたちから失わせているのかもしれなかった。
そう感じると、突如今の世界が狭く感じるようになった。あの蝶のように広い空を飛び回ってみたい、と思うようになった。
そしてとても自然に「蝶の羽根を頂いてそっちに行こう」とつぶやき、
わたしはさっき自分で張った網に引っかかった蝶の元へ向かっていったのだった。
人間のよりも虫の脳の方が優れている?!
人間より虫の脳の方が優れている。
今回のショートショートのインスピレーションとなったこれを知ったのは、解剖学者の養老孟司さんの書評本「<自分>を知りたい君たちへ」。
(蜘蛛は昆虫ではなくて節足動物のようだけど)
虫は脳が小さく余裕がないから、それを生きていくためだけ使う。
とても効率がいい。
人間の脳は効率が悪い、無駄なことばかりに使っている。
だから人間は虫の脳のことも理解しようとする。
でも虫は人間の脳を理解しようとはしない。
この頭の悪さ、効率の悪さ、そこから生まれる想像力こそが人間の脳の魅力で、人間だけに与えられたギフテッドかもしれない。
このインスピレーションをショートショートに詰め込んでみました。
傷つけたのは憎いからじゃないんだ
もうひとつのインスピレーションは、X-JAPANのギタリストだったHideの"ピンクスパイダー"から。
この曲の歌詞は、ピンク色の蜘蛛(くも)が自由に空を飛び回る蝶に憧れ、命乞いをする蝶からむしり取った羽根で自分の巣から飛ぶが、蝶のように飛ぶことは出来ずに真っ逆さまに墜落してしまう、というストーリー。
空を飛ぶ蝶の気持ちを想像してしまったからこそ、安全だった自分の場所を自ら手放すことになったピンクスパイダー。その自業自得的な"人間らしさ"がとても魅力的。
ちなみに作詞をしたHIdeによると、ピンクスパイダーのピンクは妄想のピンクで、そのピンクスパイダーがいる蜘蛛の巣はインターネットのこと。
つまりインターネットで妄想ばかりが膨らんでいく現代社会のモチーフと考えられる。
このピンクスパイダーのリリースは1998年。
まだインターネット黎明期にここまでイメージができて、それを言葉、歌詞に落とし込むとは、恐るべき”見る力”と”書く力”だ。
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