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【料理エッセイ】クレープ食べて、ゴミ拾いおばあちゃんに出会った

 通勤していた頃は家から駅まで最短距離を往復し、その通りに位置するスーパーで買い物するぐらいだったので、いまの部屋に暮らして五年経つというのに、この街のことをあまり知らなかった。だから、仕事を辞めて、運動がてら散歩をするようになると発見が多く面白い。

 たとえば、うちのマンションの裏には教会があった。近所にスパイス専門店があった。駅前に美味しいコーヒーを焙煎している喫茶店があった。意外なところに学校があり、意外なところに図書館があった。川沿いに激安の八百屋さんがあり、「もっと早く教えてよー」と言いたくなった。

 次第に、散歩が楽しくなってきた。今日はどんな発見があるだろう。そんな風にワクワクしながら、外に出ている。

 昨日の夕方は駅の向こう側を散策してみた。飲み屋街があるのだけれど、そこに交わる小さな路地を行くことにした。手前にミニストップがあり、ここはソフトクリームを食べるために何度か寄っているけれど、その先に進んだことは一度もなかった。

 すぐに、いかにも老舗なコインランドリーが見えてきた。隣にはショーケースが剥き出しの肉屋と魚屋があり、赤青白がクルクル回るパーマ屋さんがあり、まるで昭和にタイムスリップしたかのようなレトロな風景が広がっていた。

 駅前にはチェーンの飲食店やドラッグストアが軒を連ねるショッピングモールがあるというのに、その側でひっそり、むかしながらの商店街が残っていたとは驚きだった。

 そんな中、制服姿の女の子たちが集まる一角があり、なんだろうと窺い見れば、みんな、クレープを食べていた。どうやら、夜はバーをやっているお店が昼間はクレープを売っているらしく、学生たちの溜まり場になっているらしい。

 昼間、おでんを仕込み、帰ったら夕飯を食べるつもりのわたしだったが、ほんのり漂う小麦の甘い香りに誘われて、思わず、マンゴークリームを買っていた。

 値段は昨今の物価高の影響で600円になりますと説明があった。とはいえ、外側はパリッ、内側はふわっと焼かれた生地はとても大きく、マンゴーもホイップクリームもたっぷり詰まった仕上がりに、不満は全然感じなかった。

 お金を渡し、商品を受け取った。さすがに女子高生たちがワイワイがやがやしているところで、一人、黙々と食べるわけにもいかなかったので、どこか落ち着ける場所はないかと彷徨った。

 すると、神社が現れた。果たして、境内で飲食は許されているのか、詳しくないので不安はあったが、初詣や夏祭りで出店が並ぶわけだし、たぶん、大丈夫だろうと勝手に判断。設置してあったベンチに座り、満を持してクレープを頬張った。

 美味しかった。たまにコンビニスイーツで買ったりするけれど、焼き立てはやっぱり違う。ほんのりと温かく、口に広がる甘さがとても優しい。

 放課後、こんなものを買い食いできる学校生活はきっと素敵なんだろう。そんなことを考えながら、はむはむやっていたところ、神社の前の道をおばあちゃんがゆっくり歩いているのが見えた。

 このおばあちゃんをわたしは知っていた。と言っても、さっき追い抜いたとき、ちょっと気になったので覚えていた程度の話だった。右手にトング、左手にバケツを持って、路傍のゴミを拾い集めていたのだ。

 ゆっくり、丁寧に、美化活動に励む姿はカッコよく、わたしも仕事をしていないんだし、こういうボランティアみたいなことをやってみてもいいのかなぁ。なんて、ちょっとした憧れを抱きつつ、おばあちゃんの動きを目で追っていたら、やがて神社の鳥居の前までやってきた。

 きっと神社の中も清掃するのだろう。そう思っていたけれど、おばあちゃんはなかなか中には入ってこなかった。直筆不動で立ち止まり、視線をキョロキョロやっていた。

 嫌な予感がした。ひょっとして、わたしがクレープを食べ終わった後、包装紙をその辺に捨てると警戒しているのではあるまいか。

 もちろん、わたしはそんなことしないけれど、普段、学生たちのマナーが悪かったとしたら、警戒されてもおかしくはなかった。参ったなぁ。ちゃんと説明し、誤解を解いた方がいいかもしれない。

 逡巡した末、こちらが立ちあがろうとした瞬間、おばあちゃんは予想だにせぬ行動に出た。なんと、ゴミがたっぷり詰まったバケツをひっくり返し、鳥居の脚を盛大に汚してしまったのだ。

「え」

 思わず、声が漏れてしまった。しかし、おばあちゃんは何事もなかったかのように、早足でその場を後にした。

 残されたわたしはなにが起きたのかわからず、すっかり面食らってしまった。

 まもなく、神主さんが表に出てきた。その手にはホウキとチリトリが握られていて、無言で散らばったゴミを片付け始めた。あまりに慣れた様子から、一連の出来事が初めてでないのは明らかだった。

 なにもかもが不思議だった。おばあちゃんと神社の間にはどのような確執があるのだろう。もし、あの嫌がらせが繰り返されているんだとしたら、中々に根は深そうだった。あるいはそういうことではなく、拾い集めたゴミを神社が受け取り、処分する約束になっていたりして。いや、仮にそうだとしたら、普通はゴミ袋に入れて渡すとか、方法があるだろう。つまり、やっぱり……。

 あれこれ、考えあぐねていたら、

「すみません」

 と、声をかけられたので驚いた。顔を上げると神主さんがわたしの前に立っていた。

「は、はい」

 完全に怒られると思った。しかし、神主さんはニコッと笑い、

「それ、ついでに捨てておきましょうか」

 と、わたしの手もとを指差した。そう言えば、ちょうどクレープを食べ終わったところだった。

「ありがとうございます」

 せっかくなら、神主さんに真相を聞いておけばよかったのかもしれない。ただ、わたしは偶然、このレトロな商店街に迷い込んだだけの存在。興味本位で深入りするのはよくない気がした。

 いつもの世界に戻るため、そそくさ、いま来た道を引き返した。クレープは美味しかったけれど、しばらくはいいかなぁ。




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