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【料理エッセイ】税務署帰りの麻婆豆腐

 別に悪いことはしていないのだけれど、道でお巡りさんとすれ違うとき、ちょっとばかり緊張するのはなぜなのだろう。

 落語の『船徳』という演目に、親方が怒っていると勘違いした若い衆が自分の悪さを次から次へと自白してしまうくだりがあるけれど、その感覚で、わたしもお巡りさんに、

「ごめんなさい。夜中、まったく車が走っていなかったので、赤信号を無視して渡ったことがあります。小銭を拾って自分のものにしてしまったこともあります。自転車のライトが壊れたまま乗っていたことも……」

 と、ついつい、胸のつかえをとりたくなってしまう。仮にそんなことを言われたところで、お巡りさんも困ってしまうだろうけど、いかんせん、国家権力にドキドキするのが庶民というもの。いつまで経っても慣れそうにはない。

 それと同じぐらい、いや、それ以上に落ち着かないのが税務署である。先日、携帯電話に見知らぬ番号から着信があり、ネットで調べたら税務署からとわかったときの驚きと言ったら。心臓が止まるかと思った。

 一応、念のため断っておくけれど、わたしは脱税していない。でも、確定申告が完璧かと言われれば、一生懸命やってはいるけど、正直、全然自信はない。だから、すぐさま、平謝りする覚悟で折り返さずにはいられなかった。

 さて、怯えに怯えて挨拶すると、意外にも先方は恐縮しまくり。詳しく聞けば、わたしの問題ではないらしく、たちまちホッと胸をなで下ろした。

 細かいことは書けないけれど、世の中、いろいろあるらしく、協力してほしいことがあるという話で、そこはかつての人気居酒屋チェーンよろしく、「ハイ、よろこんで!」と引き受けさせてもらった。というか、たぶん、国民の義務。断るなんて、滅相もなかった。

 そんなわけで、税務署に行ってきた。ちなみに確定申告は2/16になると同時に終わらせている納税優等生なわたしなので、引け目を感じる理由はないが、だとしても視線がキョロキョロするのは止められなかった。

 中学生の頃、先生に、

「ちょっと職員室来てくれ」

 と、呼ばれたときの感覚を思い出した。わたしは学級委員だったので、たいてい、クラスに関する相談ごとをされるだけなのだけど、毎回、なにかバレたんじゃないかと疑心暗鬼になっていた。

「修学旅行の件で話したいことがあるんだ」

 そんな風に具体的な説明があっても、いやいや、みんなの前でカモフラージュしているだけ。本当は深刻な指導があるに違いないと勝手に罠と思い込み、ハチャメチャに意気消沈したものだ。

 今回の税務署だって、内容は事前に伝えられていたから、怖がる必要はないとわかっているのに、なお、土壇場で告発されるんじゃないかと身に覚えのない罪悪感でいっぱいだった。

 もちろん、ミーティングは予定通り進行し、予想外の展開はなにひとつ起こらず、万事、平和に完了した。担当の方もまさかわたしがこんなにも疲れ果てているとは想像だにしていなかっただろう。

 いやはや、なにもかもが一人相撲であった。ただ、それ故にカロリー消費は著しくて、お腹はペコペコになってしまった。

 税務署を出ると時刻はちょうどお昼時。ドラマ『孤独のグルメ』の井之頭五郎ではないけれど、頭の中で、

「腹が減った」

 と、独り言ち、ポンッ、ポンッ、ポンッと効果音が見事に炸裂。ランチのために邁進した。

 こうなってしまうと軽いご飯じゃ満足できない。おしゃれなカフェをスルーして、はなまるうどんをスルーして、がっつり飯を探し回った。

 結果、中華料理にピンッときて、心と身体に喝を入れるべく、石焼き麻婆豆腐をキメることにした。

 熱い!

 辛い!

 美味い!  

 ご飯にかけて、はふはふ食らう。汗が噴き出て、元気がみなぎる。そんなはずはないが視力も上がったような気がする。聴覚も冴え渡り、いまなら、数学の難問だってスラスラ解けてしまうんじゃないかと自惚れるほど、自信がすごく湧いてくる。

 これがあるから救われる。

 いや、再三お伝えしているように、税務署で絶望的なことはなにもなかったので、百パーセントのわたしの杞憂。救われるもなにもないのだけれど、実際、救われた気持ちになっているのは本当に不思議だ。

 やっぱり、なにがあっても、なにもなくても、最後に美味しいものを食べれば、すべては丸く収まるのです!




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