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おかあさんの思い出:棄てられた子の記憶

 幼い妹が二段ベッドの下の段にいないのに気がついて、慌てて探し回る。
 駅へ行って電車に乗って妹を探している。
 何度も電車を乗り間違える。
 ずっと焦って、なんで、こんな間違いをするのだろう?
 妹の名を呼びながら、ぼくは駅をさまよう。
 はっと、気がつくと汗びっくり。
 
 夢だった。

 九歳のとき、妹ともども母に棄てられた記憶は、どうしてもいつまでも消えることがない。

 あの夜のことは今も忘れられない。
 小学二年生の頃だった。

 それは七日目の夜だった。
 妹と犬のベスと母の帰りをひたすら待っていた。
 ぼくの心のなかにはにわかに考えたくない言葉が浮かんでいた。

「すてられた」

 一日目の夜、仕事へ行ったまま母が帰ってこなかった。
 電話もなかった。

 母が何の連絡もなく帰って来なかったことは何となく、不安だったが、仕事が忙しいのかもしれないと、ぼくは自分に言い聞かせていた。
 ただ、そういう意味持ちだったのである。

 いつもの様に幼稚園へ妹を迎えに行ってスーパーで買い物をし、帰って来て、ご飯を作り、ベスを連れて散歩をさせ、洗い物をすませて、妹を二段ベットの下に寝かせた。
 これは変わることなのない日常である。

「お兄ちゃん、お母さん、帰ってこないの?」
「仕事が忙しいんだろう。明日の朝には帰ってくるよ」

 夜の九時にはいつも帰って来る母だったが、その日は時計の針は十時を廻っていた。
 仕事で遅くなる日にはかならず電話があったものだが、電話のベルはその夜はとうとう鳴らなかった。

 朝起きてみても、はやり、母は帰っていなかった。

 妹を幼稚園へ連れて行き、ぼくは一時間目を飛ばして大遅刻して学校に辿り着いた。
 先生から叱責を受けたが、ぼくは事情は説明しなかった。
 この担任の若い教師は何故か僕を激しく嫌っており、いつもビンタをする人で僕自身、この先生を信じてはいなかったからだ。

 二日目の夜もまた同じだった。

 僕と妹はさすがに心配で堪らず、時計の針が十二時を越えても起きて待っていました。

「お母さん、どないしたんだろ」

 妹はえんえん泣き始めた。

 ぼくはは妹が泣いているのを見て、ひどく不安になったが、ただ待つしかない。

 今から思えば警察に連絡するとか方法は色々考えれよう。しかし、母子家庭で育ったぼくは、当時、四歳の時から「この家の大黒柱でお父さんの代わりは、あなただから、誰にも頼らずしっかり妹を守りなさい」と言われ続けていたので、誰も頼らず、何とか妹を守るしか思いつかなかったのだ。

 妹はパンダのぬいぐるみを抱いたまま泣きつかれて、寝てしまっていた。
 
 そして十四日目の夜、とうとう、母から預かっていた財布の中身が殆ど無くなった。
財布の中身は500円札一枚になってしまったのだ。

 柱にかかった時計を見れば、針は十時三十分を指している。
 この時初めて、ぼくは「もうダメだ」と思った。

 ぼくは心を決めて受話器を取り上げ、祖父母の家のダイヤルを回した。

 最初に出たのは祖母だった。
事情を話すと、母の弟である叔父が受話器の向こうから声をかけて来た。

「今からすぐ行くから家で待ってろ。僕がが迎えに行くからな」

 そう言われて、僕はなぜか反射的に叔父に言いった。

「だいじょうぶ、ぼくらでそっちへ行くから。待っていて」

叔父はびっくりして「何を言ってるんだ、そこにいろ」と言った。

 でも、ぼくはなぜか叔父がここへ来るよりも自分たちが祖父の家に行くのがよいと考えていた。
 自分たちでなんとかしようと、ぼくはどこかで、まだがんばっていたのだ。

 早く行かなければ電車がなくなるかもしれない。
 財布をぶっちゃけると電車賃はありそうだ。

 すぐにカバンに入れられるだけの妹の衣類を詰め込み、ベスに首輪と紐を付けて出発の準備を整えた。

妹はずっと泣いていた。

ぼくまで泣きそうな気持ちではあったが、絶対に泣いてはいけないと思った。

 外に出ると雨が降っていた。

 二人で傘をさしながらトボトボと駅へ向かう長い坂道を登り始めた。
 ベスがびしょ濡れになるのがかわいそうだったが、どうしようもなかった。

 駅に付くと切符を買って、駅員さんに犬も乗せて欲しいと頼んだ。
 七〇円の荷物扱いの運賃を払って、ベスに荷札を付けてもらった。
 その若い駅員は、ぼくを怪訝そうに見つめて、
「こんなに遅く、だいじょうぶかい?」
と尋ねた。

 ぼくはとっさに
「だいじょうぶです。おじいちゃんの家に行くところです」
と答えた。

 駅員にしてみれば、夜の十一時近くに、子どもと犬が電車に乗る光景をさぞかし奇妙に思っただろう。

 電車の中でクンクンいってるベスの体をタオルで拭きながら、祖父の家まで辿り着けるのか不安な気持ちで一杯になった。
妹は寝ていた。
 ベスは真っ黒な黒い目を車内の灯りに光らせながら、ぼくの目を見ていた。
 ベスはなにも知らない。
 今、なにが起こっているのか、どこへ行くのか。
 知らないベスは幸福であるとぼくは思った。
 ただ、ぼくがいなければ、妹もベスも困る。
 すべての事情はぼくが知っている。
 母が帰ってこない、どこへ行ったかもわからない、どこにいるのかもわからない。
 そんな状況のなかで、ぼくはただ、この状況をなんとかしなければならないと思い込んでいた。
 なぜか、ぼくは不安のなかで自分が罪びとのような錯覚に落ち込んでいた。
 この出来事は自分の負うべき罪なのだろうかと考えた。

 思えば四歳の時に父母が離婚して以来の母子家庭で育ったぼくは、母から大人であることを常に要求されていた。
 それは、残酷なものだったからもしれない。
 しかし、子どもであるぼくには当然の運命であって、当たり前の日常でもあって、それが酷い試練だとは思いつきもしなかったのだ。

 電車を乗り継いで祖父母の家に辿り着いたのは何時だったのかよく憶えてはいない。

 たどり着いた祖父母の家の玄関で、驚いたように出迎えてくれた祖父母と叔父の顔を見た瞬間、ぼくの眼前はすっーっとブラックアウトして、耳も聞こえなくなった。

 気がつけば、ぼくは座敷の布団に寝かされていた。
 朝だった。
 暖かい布団にくるまって、横たわったまま見上げた天井のはめ板の木目を見つめながら、ぼくは昨晩を思うだそうとしていた。
 そうだ、母が帰ってき亡くなった、あの自宅から逃げてきたのだ。
 となりでは静かな寝息を立てながら、妹が寝ていた。
 
 祖父母や叔父たちが、あれやこれやと聞きてきたが、ぼくはすっかり疲れて、答えることも出来きなかった。

 次の日、家に行ってみることにした。やはり母は帰ってきた様子がない。
 ぼくはは学校の道具を持ってまた祖父母の家へ戻った。

 その帰りの電車の車中で、ぼくは逃げ出してきたあの夜のことを思い出していた。
 同じ電車で、同じ道行なのに、なぜか心は少し安らいでいた。
 しかし、心を重くするのは母の消息だった。
なぜ母は家を出て行ったのだろうか。
ぼくたち子どもが何かいけなかったのだろうか。
不思議なことに、ぼくは母が悪いと思うことはなかった。よほど、今の生活に疲れてしまったか、または何かとんでもないことに巻き込まれているのか。
 それを考えると、仮住まいの祖父母の家にぼくは暮らしていていいのだろうかという気になった。

 その次の日、叔父とまた家に行った。
 母はいなかった。
 叔父は「子供は預かっているから帰ったらすぐに電話をしてください」と書いたメモを玄関先に画鋲で止めた。

 ぼくは学校の帰りに家によっては母が帰っていないか確かめに行った。
 新聞受けの新聞を取り出した一面記事の写真には、列車の転覆事故の生々しい写真が、大きく載っていた。
 その写真を見た瞬間、僕は言い知れぬ恐怖感に襲われた。
 その恐怖が何故だか今でもわからない。
 しかし、その写真を誰もいない自宅の夕方の暗がりのなかで見ていたぼくは、ゾクゾクと鳥肌が立つのを覚えた。
 夜の十時になるまで、ぼくは母を待った。
 しかし、その日も母は帰ってくることはなかった。

 祖父母の家で過ごすことで、問題は愛犬のベスだった。
 動物嫌いの祖父母や叔父はお座敷犬のベスを部屋にいれることを許してはくれなかった。
 一度も外で繋がれて一人で寝たことのないベスだったから、表に置き去りにすることなど、ぼくにはできなかったのだ。
 頼んで、頼んで、何とか靴脱ぎ場ならいいだろうということになり、靴脱ぎ場に段ボール箱をおいて毛布をしき、ベスを入れた。
 しかし、人間から離れたことがなかったベスは夜になると寂しいのか鳴くのだ。
 祖父母や叔父が寝られないと言うので、僕は玄関で寝ることにした。
 ベスは時々、靴脱ぎ場でそそうをしてしまった。

 一週間も経つと祖父母一家もベスにイライラしはじめて、僕はベスのために毎日、毎日、靴脱ぎ場を水洗いすることになった。
訳のわからないベスは僕の顔を見上げてワン、ワンと尻尾を振る。
 叔父に「犬の匂いが堪らない」と嫌味を言われながら僕はベスの顔を見ていると一気に涙がポロポロ零れてとまらなくなった。
 声をあげて泣きたいけど嗚咽するだけで、ベスは何も悪いことをしていないし、ベスに当たることも出来ない。
 無邪気なベスを見ていると僕はなぜかベスも僕も棄てられたような気がして、雑巾をかけながら、ただただ声を立てずに泣いていた。
 ベスは何も知らない。そう、ぼくが知っているだけでいいのだ。
 ベスがこの状況を知らないことは、ベスにとっても幸せだ。
 ぼくは心のなかで、ベスに申し訳ないような気持ちと、自分の力なさに泣いていた。

 一か月近くたって、家に様子を見に行っても張り紙がそのまま。
部屋に入ると、例の怖い新聞の写真があって稲光でそれが浮かんで、僕は思わず怖くてうずくまってしまった。
 あの列車転覆事故の写真が載った新聞はそのまま、テーブルの上で何か言葉にならない叫びをあげているかのように、変わらずそこにあったのだ。

 30日目、
 突然、母は祖父母の家にやって来た。

 ぼくと妹は応接間に入れられ、母は座敷の部屋に通されたらしかった。

「自分の子供を置き去りにして何を考えているんだ!」

 座敷からは、叔父が怒鳴る声が聞こえてきた。
 ぼくはたまらなく不安な気持ちだった。
 妹は案外平気な様子で紙芝居の絵本を読んでいる。
 
 しばらくして、祖母が応接間にやってきた。
「お母さんに会いに行こう」
 ぼくたちは廊下を通って、座敷へ向かった。
 母はぼくにどのように会うのだろう。
 ぼくはなにか不安のような気持ちでいっぱいだった。
 応接間を出ると玄関の靴脱ぎ場で、ベスがぼくを見上げて尾っぽを振っていた。
 ぼくはベスの顔を思いながら、座敷へ向かった。

 座敷に入ると、部屋の隅の方で、母はうなだれて正座をしていた。
 床の間に前に大きな机があり、そこに祖父と叔父が憮然として座っていた。

 祖母は、ぼくと妹に言った。

「さあ、お母さんだよ、いきなさい」

 母は正座したまま、何も答えていない様子だった。
 ぼくは母に近づこうと、座敷に足を踏み入れた。

 母は顔を上げた。
 ぼくは母の顔を見た。
 離れたところから。
 座敷の奥と、部屋の入り口から。

 母は憔悴しきった無表情で、じっと僕を見つめていた。
 まるで感情のないその表情で、ぼくを恨むかのように睨んでいた。

 その表情を見た時、ぼくの心は何も動かなかった。
 安心とか、悲しいとか、嬉しい、怒りとかそんな感情は一切湧かなかった。

「さあ、どうしたんだい、お母さんだよ」

 祖母は困ったように、ぼくに母のところへ近づくように促した。

 しかし、ぼくは一歩も動けなかった。

 ただ、母はぼくを仇であるかのように、いや、また現実の世界に戻ってきたことを告げる魔物であるかのように、無感情なまま見つめている。
 母が泣いて「ごめんね」と駆けよって、ぼくを抱擁するといった、そんな場面は想像もしていなかった。
 それだけに、この光景はまるで予定されていたかのように、ぼくの心を動揺させもしなかった。

 これが、ぼくと母の宿命なのだ。

ぼくは心のなかで、言葉にならないもので感じていた。

 じっと母は怒ったように、疲れた顔でぼくを睨んでいる。
 まるで捨て去ったのに戻ってきた不要なお荷物であるかのように……

 そのとき、ぼくは自分の心が死んだことを感じた。
 そして、同時に心が生き返ったことも。

 僕の心をよぎったのは、無邪気なベスの瞳と、嬉しそうに尾っぽを振る姿だった。
 何も知らないベスに怒ることをしなかったぼくは、自分自身に泣きたい気持ちだった。

 母の目を見ている瞬間、ぼくはベスをしっかり抱きしめたいと思ったのだ。

 母は終始無言のまま、祖父母の家から、ぼくたちを連れて出した。

 家に帰るまで、全くの無言。
 ぼくは何を聞いたらいいのか話したらいいのか分からず、ただ、ベスの首輪の紐と妹の手を握っていた。

 家についても、暗い表情のまま母は、何ひとつぼくたちに声をかけなかった。

ごめんね

 そんな言葉を期待していたわけじゃない。
 元通りのテレビの下の寝床に潜り込んだベスを見て、僕は涙がこぼれた。
 なぜ泣くのか、僕自身にもわからなかった。

 次の日から元の生活が始まった。

 母があの一か月間、母はだれと、どこにいたのか。

 それは未だに分からない。

 ぼくも母に、あの一か月、なにがあったのか、ついに最後まで話さなかった。

 ただ、僕はあの一か月間が忘れられない。

 今も鮮明に思い出せる。

 あの僕を見つめる無表情な母の顔を。

 今でも、街で手を繋がれた親子を見るとふと涙がこぼれることがある。

 小さな犬の姿を見ると涙がこぼれることがある。

 悲しいからではない、ただ、無性にうれしいからだ。

 もう、終わったことじゃない。
 そう、ぼくに誰かが言った。

 終わったこと?

 まだ、

 終わってはいないんだ。

 どこまで行っても

 棄てられたという記憶は、消せるものではない。

 ぼくは何かを書くとき、それが小説であっても、詩であっても、そこになにか、僕の原点のようなものを見つけている。

 どう書いても、どう描いても、そこにはどこか母の面影がある。
 ベスの無邪気な瞳がある。

 そして、
 まだ見ない母の面影がある。
 ぼくの母ではない、ぼくのまぼろしのやさしい、母の面影がある。

 そうやって、幾分か、誰かを幸いに導く言葉を、誰かのためになる言葉を、自分の心の余白に書き込んでいこうとしている。

 あの何も知らないベスのために。
 不安に泣く妹のために。
 じっと泣くのをがまんしている、
 世界中の小さなぼくのために。

 いまも夢のなかで、妹を探しもとめて走り回る小さなぼくは、今も駅を道を、電車をさまよう。

 その姿をここから見つめて、それも、自分なのだとそっと目を閉じて、また目を開いて前を向いて歩いてゆく。

 おそらく、それでいいのだろうと思う。

 そして、守るべきものがある人は、どうか守るべきものを守って欲しいし、愛してほしいと思う。

 そして、守ることができなかったとしても、どうか心のなかで愛して、抱きしめて欲しいと思う。

 ごめんね

 ぼくが最後まで聞くことのなかった言葉を

 どうか、伝えてほしいと思う。

 そして

 ぼくが夢から覚めて、二度と夢を見ないことを、どうか祈ってほしい。

 

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