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"黒澤明"の映画をめぐって父親と揉めた話

父親が今年57歳になる。

私が13歳か14歳かそこらの中学生の頃、
父親がメタボになって高血圧になり、これ以上の食生活の悪化は命に関わるという事で、薬を飲みながらしばらく病院に入院する事になった。

大の煙草好きで、無類の酒好き。

父方の祖母から「うちの家系はみんな糖尿病で死んでるからうちの息子も本当に気をつけないといけない。」と何度も聞いていたので、
本当に自分の父親がこの入院を境に体を悪くして
死んじゃうんじゃないかと子供心に思ったのを覚えている。

だからその時、子供心に自分の父親と母親は自分より早く死ぬんだ。と強く思った。
当たり前の事なんだけど何となくその時初めて実感したような気がした。
なんだかそれが凄く怖かった。



父親とは昔からあまり大事な話をする関係性ではなかった。
学校で起きた出来事だったり勉強のことであったり、
それこそちょっとした悩みであったり大切な話は、
母親と話す事が多く、今思うと父親と密に接したりする機会はあまりなかった。

父親は映画が好きだ。

私が三か月に一回ほど、実家に帰る時によく映画の話をする。

「なあ、最近映画観てるか?」

両親ともフリーランスで、在宅で仕事をすることが多い事もあり、
夜になると自分の部屋からリビングにやってきて、焼酎を片手にそう言ってくる。
だが、私が「最近、こんな映画やあんな映画を観たよ。」
映画館で観た新作の映画の話をしても、父親はあまり食いつくことがなく、
酔っぱらってなぜかすぐに"黒澤明"の話を始める。

「黒澤明の映画は観てるか?」
"黒澤明"が監督した"隠し砦の三悪人"は、かの有名な"スターウォーズ"に
多大な影響を与えていて~

「"隠し砦の三悪人"の主要登場人物である農民の二人は、
後にジョージ・ルーカスが監督した「スターウォーズ」のC3PO、R2D2の
モデルになったと言われている。」という、映画通ならどこかで聞いたことのあるであろう薀蓄は、実家に帰るたびなぜか父親から半ば強制的に
随時、聞かされる。

「それ、聞いた。聞いたから。」
と毎度私がたしなめても毎回、聞かされる。


黒澤明の映画は、大学時代に何本か観た
"羅生門"から始まり、"用心棒"に"椿三十郎"、"隠し砦の三悪人"など。
(七人の侍は長いので未だに観るに至っていない。)

どの作品も新しい手法があり、映画の数ある表現手法の中で"発明"といえる撮り方・演出が作中に織り交ぜられていて、まさに巨匠と呼ばれる所以がそこにはある。

正直に言うと、私は"黒澤明"の映画があまり好みではない。
"用心棒"や"椿三十郎"等の劇中によく見られる
有象無象に繰り広げられる敵と味方の抗争を目で追っていく事に疲れてしまう事がある。(ファンの方、ごめんなさい。)
黒澤明監督の演出が~、とか脚本が~という事では断じてなく、
単純に時代劇が自分の性に合わないのだ。

父親はそんな私の趣味を知る由もなく、"黒澤映画"を粛々と語り続ける。
これは一種のハラスメントなのではないか。クロサワハラスメント。

難しいおっさんになったなぁと感じる。

メタボで倒れたあの時よりはマシな体型になり、健康体を維持できるようにはなったが、少しだけ視野が狭くなった。(笑)
ある程度語り終えた父親は、「そろそろ寝ないといけないな。」と言い、
焼酎片手に立ち上がり、フラフラとした足取りで自分の部屋に戻っていこうとするのだが、急に思い立ったかのように、「散歩をしよう。」と言い出した。


時刻は深夜一時。
こんな遅くに酔っぱらいの中年親父を野に放つわけにはいかないと私の正義感が働き、二人で最寄りの駅前まで10分かけて散歩をすることになった。
父親は最寄りの駅前のベンチに腰掛けて言った。

「ここにベンチがあるだろ。この駅の周りはベンチが多くて、
昼に散歩するときはよくここで腰を落ち着けて休憩するんだよ。」
父親は散歩が好きだ。
よく昼間からスマホを片手に"ポケモンGO"をしながら街を歩く。

「都内で自然と触れ合う事が出来るこの地域で家を購入して、こういう風に休憩できるベンチが沢山ある所に住むことが出来て、ほんと良かったよなぁ。」としみじみと語り出す。

フリーランスで住宅ローンが組めず、都内の23区外の安い土地と一戸建ての家を買った父親と母親は、貧乏な暮らしの中で倹約に倹約を重ね、
私を含めて三人の子供を育て上げた。
私を始め、歳が三つ違う弟も二人とも、実家を出て、社会人生活を続けている。

私の実家は小さい敷地で、二階建ての家も細長くて、狭くて、
崖の上にある立地で(笑)。
裕福ではなかったけれど、それでも、家の周りはとにかく自然が多くて、
公園で泥だらけになるまで遊んで駆け回って、帰るという子供らしい遊びを存分に楽しむことが出来る環境があった。

高台にある敷地なので、自然豊かな景色が綺麗な。
何よりも沢山の思い出が詰まっているので、居心地が良い。

私も「ほんと、俺もこの実家周りの、このベンチが沢山ある環境で育って良かったよ。」とポツリと話し。
"黒澤明"の話なんか全部忘れちゃった。

そんなことよりも、決して裕福ではなかったけれど、そんな誰かの理想の型にはまらない"幸せ"と、後悔のない生き方が出来る父親が、
その時なぜか格好良く見えたので、これまでの不毛な(笑)やり取りがすべて帳消しとなった不思議な夜だった。




でも、"黒澤明"は「生きる」という作品が好きです。

長年、市役所の市民課長として勤める男が、突如がんで余命がいくばくもない事を宣告されて生きる意味を問いただす物語。

主人公が作り上げた市民公園で遊ぶ子供たちの笑い声に、この作品の全てが凝縮されている。
今度、「黒澤明は"生きる"が好きだよ。」って父親に伝えてみよう。
その上で、またいつもの薀蓄が飛び出ようものなら、今度こそ喧嘩になりそう。

いや、可哀そうだから10分くらいは付き合ってあげようかな。

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