HA~HA 永遠が流れる時間
自分の身体に比べれば、まだ不格好に見えるほど大きなランドセルを背負って、理由もなく笑い、理由もなくどこかへ走りまわっていた頃。
その日、暖かでとてもよく晴れた空の下にもかかわらず、僕は自分ではどうにもならない何かに傷ついて、小学校からの帰り道、終始俯いたままでいつもとは違う道を歩いていた。
気がつけば、周りの風景はいつも僕が見慣れた景色とは全く違った、ただ白い壁がどこまでも続いていくように思える住宅街の中で、電柱に貼られた金属製のプレートの住所は見たこともない町の名前が書かれていて、自転車ですれ違うおばさんや、僕と同い年くらいのはずなのに顔も見たこともないような子供の姿も、何もかもが自分がどこか遠い国にでも紛れ込んだような錯覚を覚えるには充分だった。
このまま僕は何も知らないこの世界から抜け出すことも出来ず、両親にも、兄弟にも、親友にも一生会えないんじゃないかと思うと、無性に心細く、自然とうっすらと涙が浮かんでくるのがわかった。
ウーッ、ワン!ワンワン!
淋しさへの追い討ちを掛けるように、背中越しにガシャンガシャンと堅く閉じられた玄関の鉄格子に体をぶつけながらこちらに向かって激しく吠えたてる犬に、僕は声をあげることも出来ずにランドセルの肩のベルトをきゅっと握りしめると、行く先もわからないまま駆け出した。
どれだけ走ったかわからない。
ゴトゴトとランドセルの中で激しく音を立てていた教科書が大人しくなるくらいに走り疲れ、またとぼとぼと歩き始めたあと、どこからか聴こえる優しいピアノの音に僕は足を止めた。
聴こえてくる音の先には、開け放たれた二階の窓から、柔らかに風になびく白いレースのカーテンが見えた。
それはまるで、その窓の奥から聴こえるピアノがそのメロディーを風に乗せて、カーテンを優しく撫でているようにも思えた。
僕はただ、目元を流れる涙と汗とが混じり合った何かを、少しよれたTシャツの襟でゴシゴシと拭って、優しく誰かに背中を押されるように、またどこかへと走り出した。
それからどうやって家に帰ったのかを、うまく思い出せない。
そして、あのどうしようもない心細さの中で流れたピアノは、どこで奏でられたのかもわからない。
もしかすると、そんなものは存在すらしていなかったのかもしれない。
“ 長い夢見てたように 立ち止まった
あれから過ぎた時は 数えきれなくて 振り返れない ”
あの日聴いた、ピアノの音に似た優しいメロディーを最近聴いた。
HA〜HAという歌手らしい。
“ 自分はいまどこにいて 何を選んで生きているのか
時々さみしくなるよ 時々恋しくなるよ ”
あの日からはもう何年も時間が過ぎていて、知らない街に紛れこんでも、大人になった僕はもう涙を浮かべるようなことはないだろう。
ただ、これまで自分が映像という仕事を志してきた中で、生き残ることに必死で、がむしゃらに生きてきてふと立ち止まった時に、積み重ねてきた人生の距離の分だけ、自分の心がどこか見知らぬ街の奥深く深くへと彷徨い込んでいたのかもしれない。
優しいメロディーに乗ったHA~HAの一つ一つの言葉が、僕が日常を送る上では妨げになるように感じて、無意識に塞いでいた自分の本当の心へと通じる壁を溶かしたように思う。自然と涙が溢れて、覆った指の隙間からもバラバラと零れ落ちて止まらなかった。
“ 幸せを願う 幸せを祈ることから ”
今はもう、僕が背中に背負うものはランドセルではなくなったけれど、また新しい何かを、自分が心から望む何かを背負いながら、僕はまたどこかへと走れそうな気がした。
HA〜HA。その歌には永遠が流れている。
(歌詞の引用はHA〜 HAのデビューアルバム「sotto」より、『ここ』という曲からです)
デビューアルバム「sotto」全曲ダイジェスト
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