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こころの病気とひきこもり 私の場合〈強迫症のこと④〉

30代の頃のこと
強迫症は“なりやすい性格”はないが取り巻く“環境”が大きく左右する、また不安症や発達障害、うつ病などと併存しやすいとされている。
私自身は小学生の頃から不安が強かった、また脳が働き過ぎる傾向があり、いまでいう発達障害でもあると思う。
“性格”は影響しないとのことだけれど、生真面目で曲がったことが苦手、気を遣いすぎる性格・気質の私はいかにもなりやすい感じだな~と感じる。
それから強迫症になってしまったときに、悪化して長くひきこもることになってしまったり長期に渡って症状が続く人、早く回復していける人の違いは、その個人のもともとのこころの状態や生活環境、よい専門家に出会えるか適切な治療を受けられるかなどが左右するのだろうと思う。
 
希望していた仕事につくが…
本が好きなことから図書館で働いてみたいと思った私は地元の図書館でパート職員として働けることになった。私はうれしかったし、緊張しながらもこれからがんばっていこうと意気込んでいた。
 
強い不安や強迫観念はあったためそういった感情と日々折り合いをつけながらいたが、調子は良くなってはいかなかった。不潔恐怖加害恐怖も残っていたが、人からなにか酷いことをされるのではないか?という恐怖心も強くあり、きっかけがあると強くなったりすることを繰り返していた。
毎日気の張り過ぎ、その毎日の繰り返しでくたくたに疲れていた。
ひとり暮らしをしていたためパートでフルタイムより少な目に働くお給料ではアパート代が払えなかった。その分を両親に負担してもらっていたことから、両親との関係は余計に複雑になっていた。
 
その頃同じ精神科の先生のところに4年くらい通っていた。先生の診察に行くことはこころの支えになっていたが、保険診療であるためほんの少しの時間話をし薬を処方してもらうような感じだった。
私はどうしたら回復していけるだろうか?と思いながらいた。
(私は薬はいろいろ飲んでみたこともあるがあまり合わなかったことと飲みたくなかったことから結局は睡眠導入剤だけずっと服用していた。)
友だちでいてくれる子がいてひとりぼっちではなかったが、いろいろな人と気持ちのすれ違いを繰り返し私は傷つくことを重ねていった。
私はどんどん殻に閉じこもるしかできなかった。
図書館で働き始めて2年経ったころ、一度止まってみようと思って私は図書館を辞めることにした。
先が見えなくて本当につらくひどいうつ状態でもあった。
でもなんとか乗り越えていきたいと思っていた。
 


やってみてよかったこと
ふり返っても暗澹として気持ちばかりを思い出す。
いつも“内面”はとにかく必死だった。
その頃に取り組んでみてよかったのは“ヨガ”だったと思う。
他には自然が多い場所に出かけたり、土に触れるようなことや五感やからだで感じることをすると、ほっとし安心できる感じがあった。なにしろ私は安心感がいつも持てなかった。
ヨガを続けることで症状がすっかり良くなったわけではなかったが、呼吸やからだを意識するようなことが私にとって良さそうだなぁ~と思えたことが収穫だった。
他にはホメオパシーを受けに行ってみたり(県外だったこともあり金銭的な面で続かなかった)、食事を変えること(玄米菜食)を少ししてみたりなど、あまりお金をかけななくてもできることはいろいろ試してみた。
私はもうすぐ30代半ばになろうとしていたが毎日をただ過ごすだけで、言葉どおり精一杯だった。恋愛をしたりなにかに夢中になったり楽しんだり、そういう暇は全くなかった。
 
その頃、3・11の東日本大震災が起こった。
北陸在住なので大きな影響はなかったが気持ちの面で大きな影響を受けた。
つらさを周りのせいにしたり、卑屈な気持ちで生きることはもうやめよう、私のつらさや困難なんて大したことじゃない…と思えたのは、3・11の震災があったからだった。



ゆっくり珈琲やお茶が飲めることのしあわせ



いまは蓮の季節。このピンクの蓮は去年働いてた職場の近くに咲いていて元気をくれました♪



♪泣きながら僕ら生まれてきた 笑うために生まれてきたんだよ♪
大丈夫大丈夫と言われたら大丈夫になっていく気がする。浜端ヨウヘイさん