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九死に一生!

我が家には、目に入れても痛くないほど可愛がっている
オカメインコがいた。
名前は『おて』だ。頬っぺたが赤くて『おてもやん』みたいなので
『おて』と名付けた。私がピピピと感じて買ってきた鳥である。


オカメインコは頭が良く、中でもオスは求愛行動の一つとして、
人の言葉を真似る。我が家のおても、
「もしもし。おてちゃん?あーっはっはっはっ!」とよく喋っていた。
おては自分を人間だと思い込んでいるようで、とにかく人に懐き、
家族全員がおてに夢中になった。


ある日のこと。
妹が鳥カゴの掃除をしていた時、うっかりおてを逃してしまった。
「あぁっ!おてがっ!」
妹が叫んだ時には、おてはパニックになりながら、
空高く飛んでしまっていた。


どうしよう。2月。真冬だ。
オカメインコにとっては、命取りの寒さである。
それだけではない。猫もいる。カラスやイタチ、犬だっている。
何とかして見つけ出さねば。
私たち家族は、それぞれ手分けをして近所を探しまわった。


「おてーっ!」
「おてちゃーん!」

大声で叫んでも、どこにも姿が見つからない。
そりゃそうだ。鳥カゴから逃げたオカメインコが見つかるなんて、
常識で考えればあり得ない。
実際、過去にもセキセイインコが逃げたことがあったが、
見つかったことなど一度も無かった。


「おてちゃーーん!」
私と妹は、泣きながら探した。
その日は、おてを見つけることはできなかった。


翌日も、妹と二人であちこち探した。
こんなに空を見上げて歩いたことはあるだろうか。
私たちは、必死に探しまわった。


そうだ!もしかしたら拾われてペットショップにいるかもしれない。
近隣のペットショップへ片っ端から電話したが、ダメだった。
ペットショップの店員さんからは、
「逃げた鳥が見つかることは、まずない。」と言われたが、
私たちは諦めなかった。あちこちに貼り紙もした。


その日の夕方、貼り紙を見た近所の人が
「これ、探してる鳥ちゃう?」
と、持ってきてくれた。
見ると、死んだヒヨドリだった。


あぁ。もう二日も飲まず食わずではないか。
せめて水くらいは飲んでいるのかな。
寒さは凌げているのかな。
あんなに過保護で育ったおてが、この寒空の下、たった一羽で
お腹を空かせながら不安に過ごしているのかと思うと、夜も眠れなかった。


三日目の朝。私はモデルの仕事が入っていた。
さすがに今日見つからなかったら、もう厳しいかもしれない。
最後の神頼みだ!私は、毎月お参りに行っている伏見稲荷大社へ、
仕事前の早朝に出向いた。御本殿で手をあわせ、
 「どうか、どうか、おてが無事に戻ってきてくれますように。」
と心の底からお願いをした。


午前中で仕事が終わり、おてを探すために急いで電車で帰っていると、
妹から電話がかかってきた。
「おてが見つかってん!おてが見つかってん!」
妹は、電話の向こうで号泣している。
「えぇーっ!?どこにいたん!?」


そう。信じられないことだが、おてが1キロちょっと離れた所で、
無事に見つかったのである。
見つかった経緯は、こうだ。


私が仕事に出かけたあと、家に一本の電話がかかってきた。

「もしもし。 この鳥、おるで。」
「えぇっ!?今すぐ行きます!」

母と妹が家を飛び出した。
父も仕事を抜け出して、現場へ向かった。
ヒヨドリの時みたいに間違いかもしれない。
それでも三人は、藁にもすがる気持ちで向かった。


「どこですか?!」
「この辺や。」
見ると、民家の門に身を隠すようにして、おてがいた。
「おてーっ!!!」
確かに、おてだ!
そこに、おてがいた!


「おてちゃん。こんな所にいたの?おいで。一緒にお家に帰ろうね。」
母は、おてを驚かさないように声のトーンを戻した。
おては、おじさんが手を出したときには噛み付いたそうだが、
母の手にはすんなりと乗ってきた。
「おてーっ!良かったー!」
おてを鳥カゴに入れた瞬間、家族は大歓声をあげた。

妹は、すぐさま私に電話をかけた。
「おてが見つかってん!おてが見つかってん!」
妹は、電話の向こうで号泣していた。
「えぇーっ!?どこにいたん!?」
私は電車の中で、とんでもない声を上げた。そして泣きじゃくった。
「もしもし奈々?お母さんやけどな、とりあえずおては無事やから、
帰っておいで!」
「うん。よかったぁ。よかったぁ。」

電車に同乗していた人は、何事かと思っただろう。何事どころか、大事だ!だって逃げた鳥が見つかるなんて、奇跡以外何ものでもない!


おてが逃げて以来、妹はずっと自分を責めていた。
自分のせいで、お姉ちゃんが大事にしているおてを逃してしまったのだと。
だから安堵の気持ちもあったのだろう。
おての無事を目にして、張り詰めた感情が爆発し、パニックになっていた。


「ありがとうございます! おうぅぅ〜。」

感極まった妹は、おじさんに向かっていきなり土下座をした。


「あ、いや。 えぇ。。。」

鳥を見つけただけなのに、ここまで感情をぶつけられたら、
わしゃどうすりゃええんや?

困るおじさん。
土下座して号泣する妹。
オカメインコを持って、立ち尽くす両親。
どんなシチュエーションや。


少しして、妹はハッとした。
いきなり顔を上げたかと思うと、
「先に家に帰って、餌と水を準備するわ!」
と、急いで自転車に飛び乗った。
「あんた、興奮してるから、気をつけて帰ってや。」
母がこう言った時には、すでに妹の姿は無かった。


「うおぉぉぉぉぉっ!」

色んな感情が溢れたのだろう。
妹は獣のように泣き叫びながら、長い上り坂を、
自転車の立ち漕ぎで一気に上った。
いつもなら一気に上るなど到底不可能な坂だが、
火事場の馬鹿力というものだ。
余談だが、妹は上半身の華奢さに対し、下半身がたいそう立派だ。
そのことで、いつも私に「競輪選手を目指してるんやろ?」と
軽口を叩かれているが、この時ほど自慢の太ももを有効活用したことは
無かったであろう。

ここでちょっと、その姿を想像してほしい。
強烈な太ももの三十路女が、
泣き叫びながら立ち漕ぎで一気に『坂越え』をしてくるのだ。
完全に妖怪である。この妖怪に遭遇した人たちは、その恐ろしさゆえ
二度とこの坂道を通らなくなったとさ。


さて先に帰宅した妖怪・・・いや妹のおかげで、
おてが帰ったときには水も餌も万全に準備されていた。
夢中で水を飲み、餌を食べるおて。
良かった。本当に良かった。


おてが失踪して三日目。極寒の中、こんな小さな体で飲まず食わずだったのだ。本当に九死に一生だったと思う。


「このコ、ほんまにおてやんな?そっくりさんと違うやんな?」
母が言った。
「こうすれば、わかるやん。」
妹が、おての大好きな帽子を見せてやった。見た途端、おては興奮して、
「おて!おて!おてちゃーん!」

良かった。
これで正真正銘、おてだ!
六車家に、三日ぶりの笑顔が戻った。


ちなみに、おてを見つけてくれたおじさん。
聞けば、毎朝健康のためにお稲荷さんまで散歩をしていたそうだ。
しかしその日に限っていつもの散歩コースをやめて、
気まぐれに道を変えた。
たまたま通ったその道で、電柱のチラシを目にし、
その後おてを見つけたのだそうだ。


私がお稲荷さんにお参りに行った数時間後の出来事。
お稲荷さんは、偉大である。


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