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背伸びして受け取った愛


扉にうつる花の影を美しいと思ったのは、あれが最初で最後だったと思う。



駅を出る。各停しかとまらない駅の小さな改札を出て、階段を降りる。右側になにかの像が立っていて、「よっ」といつも小さく手をあげた。駅まで迎えに来ようとしていた彼にその姿を何度も見つかって、よくわらわれた。


深夜小腹がすいたとき、このコンビニに来るんでしょう。
あの古い中華、超美味しいか超まずいかだよね。
この本屋は18禁コーナーを通らないと雑誌が買えないんだ。


彼の話す街並みと日常のエピソード、そしてその返しにわたしは想像を混ぜて話す。なんでわかるの?と不思議そうに彼はよくわらった。

のどが渇いたと100%のりんごジュースを一気に飲み干して、果汁100%はもっと喉が渇くんだった……と困ったような顔をして更にお茶を飲んだ。

その姿ほど愛おしいものはない、と思った。


特別と日常のギリギリの境目で、ずっとゆらゆらしていた。特別は、自分の中だけで楽しめばいいけれど、日常は違う。これが日常になってしまってはいけない、と。

わたしの書いたなにかの文章を読んでは引用して、ここがとても心地良いだの、これはずるい表現だの、これは知らない感情だの言っていた。


きみからはいつも何かをもらいすぎていて
でもそれは、きみが僕に与えようとしているわけではない
だから好きで、
でも、だから敵わない。

肯定の言葉をならべるのに、逆接ばかりを使って彼は、いつもわたしにわらいかけた。わたしは知っている。その逆接の先に、愛の言葉はない。

一度だけちいさな花束を手に待ち合わせ場所に現れたことがある。たしかなにかのお祝いのときで、好きだと言った花が居心地悪そうに彼の手の中にいた。



久しぶりに仕事で訪れたこの駅のホームで、そんな回想をしてしまう。向かい側に、彼がいる気がした。きっと、わたしに気づいて手をあげる。懐かしくなるのだろうか、いや、もう戻れない過去に想いを馳せるだけだ。

取り戻したいと思う、のだろうか。


きっとわたしは、彼からなにも受け取れないほどに、どこか気取った女で、プライドの高い女で、すべてをもっているように着飾っていただけなのだ。

彼がくれた花を受け取ったとき、わたしはハイヒールを履いていた。だからいつまでたっても、すれ違うのだろう。背伸びしないと受け取れない愛だから。


#小説 #エッセイ #愛 #物語 #花束 #大人になったものだ

読んでくださってありがとうございます。今日もあたらしい物語を探しに行きます。