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【掌編】『2つの、届かぬ想い』

『1.ナオと僕の距離』

ボクシングで曖昧な距離感は危険らしい。
トコトンくっつくか、トコトン離れる。
それが闘いのセオリーなんだ。

「私の話をしてるんじゃないよ。アナタの話をしてるんだよ」

ナオはそう言って僕の目を見つめる。
彼女はある周期で僕を呼び出す。
そして不甲斐ない僕を問い詰める。

「そんな事言ったってしょうがないじゃないか」

僕の口から情けない言葉がこぼれる。
えなりかずき、のセリフみたいだなと他人事の様に思っていたら、ナオの攻撃が強まった。

「書き続けて欲しいの。私、惹かれてるの。アナタの才能に。このまま埋もれさせたくない」

そう。彼女が惹かれているのは僕じゃない、僕の【才能】なんだ。
ナオの攻撃は続く。

「私、アナタが最初に書いた作品を読んで、本当に感動した。入選はしなかったけど、このまま才能を磨き続ければ必ずアナタは輝きだす、って本当に思ったの」

それ、今まで何度も聞いたよ。
ナオの容赦ない攻撃に晒されながら、僕は心の中でそう呟いた。

僕とナオは高校のクラスメートだった。
誰にも言わずに短編小説を書き上げた僕は、隣の席のナオに読んで欲しいと思った。
殆ど会話の無かった僕にその話をされたナオは、戸惑いながらも拙い作品を受け取ってくれた。

翌日、上気した顔でナオは僕にこう言ってくれた。

「ビックリしたよ!近くにこんな才能ある人がいると思わなかった!」

ナオは優しい人だった。
以来、僕は彼女に読んでもらいたくて書き続けた。

「スゴイ!どんどん良くなってるね!」

その言葉にまた僕は筆を走らせる。
でも、僕は書く事を辞めた。
いや、言葉が出てこなくなったんだ。
ナオに年上の恋人が出来たと噂で聞いてから。彼女に直接問いただすと、恥ずかしそうに噂を認めた。

以来、僕は彼女と距離を置いた。
でも、彼女の方が近づいてくる。
ナオは僕の才能に惹かれてるから。

「私、本気でアナタを応援してるんだよ。それだけは信じて欲しい」

そう言い残してナオは去っていった。

くっつけず、離れられず。
このままでは、僕は闘う事もできない。

ナオと僕のこの曖昧な距離感。

永遠に続きそうな気がしてる..

『2.本当の気持ち』

初めてその人に逢った時、
灰色の僕の世界に色がついた。
『はじめまして』
その人は少し緊張した様子で僕に挨拶してくれた。
......

大学卒業後、希望していた企業への就職が叶わなかった僕は、仕切り直しのつもりで実家に戻った。
そして、腰掛けのつもりで近所のスーパーでバイトを始めた。
ホントに一時的な腰掛けのつもりだったはずなのに..
僕はそのバイトを3年も続けている。
辞められないのは、その人がいるからだ。

僕より5つ歳上の麻子さんは、僕が入店した1カ月後にパートとして店に来た。
初めて麻子さんに挨拶された時、僕はしどろもどろになってしまった。
たまに麻子さんにその時の事をネタにされる。
そして、今日も麻子さんは僕と二人きりの休憩中にその話をした。

「橋本くん、初めて会った時、キョドってたよね?」
僕は、何事もない風を装う。
そうするしかないから。
「いや、あの頃は就職がダメで情緒不安定だったんですよ」

本当は違う。
僕は初めて逢った瞬間から麻子さんの事が好きだった。
でもそれは伝えられない。
何故なら、麻子さんは結婚しているからだ。
子供はいないけど、夫婦仲はいいらしい。
「昨日、ダンナと一緒に釣りに行ってきたんだよ」
そんな話は聞きたくないけど、言える訳がない。
僕は羨ましそうな口調で答える。
「へえ、仲良しですね」
「え?だって、夫婦だもん。あははっ」
そう言って麻子さんは屈託なく笑う。
「理想の夫婦ですね」
僕の言葉に麻子さんは少し考える様子を見せた。
「うーん..どうなのかなぁ」
そして、僕に聞いてくる。
「あれ?橋本くんって彼女いないんだっけ?」
「あ、はい。いませんよ」
麻子さんはイタズラっぽく僕を見る。
「じゃあ、好きな人はいないの?」
「...え」
僕は胸の疼きを感じながら答えた。
「好きな人は
...います」
「え?だれだれ?私の知ってる人?」
麻子さんは面白がって、僕に顔を近づける。
僕は一瞬躊躇したけど、今日は特別な日だからと思い直して口を開いた。

「はい..僕の好きな人は麻子さんです」

すると、一瞬の沈黙の後、麻子さんは破顔した。
「あははははっ!そうだった、今日だね。一年ぶりに出たね、その橋本くんのネタ!」
僕も無理矢理の笑みを作る。
「はい。一年一度のお約束ですから」
麻子さんは笑顔のまま、僕に言った。
「私なんかじゃ、橋本くんにはもったいないよぁ」
「いやいや、そんな..」
僕は俯いて顔を隠した。

そう。
今日は、年に一度だけの特別な日。

僕が麻子さんに、本当の気持ちを伝えられる日。
好きな人に迷惑は掛けたくないから..
エイプリルフールにしか、本当の事は言えないんだ..

(終)

サポートされたいなぁ..