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《連載小説》BE MY BABY 第八話:すれ違う二人 

第七話 目次 第九話

 Rain dropsの待望のニューシングル『少年だった』とアルバム『少年B』が発売されるとネットは勿論、音楽業界やテレビ業界に至るまで一斉に大騒ぎとなった。彼らのアルバムはそれほど衝撃的だったのである。彼らは日本のロックが待ち焦がれていた新しきカリスマだった。その少年性をむき出しにした激しく切ない曲たちはファンの女の子は勿論、今まで日本のロックをろくに聴いていなかった年配の老人の心さえも打った。その衝撃は文芸の世界にも及んだ。文芸誌は揃って照山の書く文学性に満ち溢れた歌詞を絶賛し、とある文芸誌などは照山を二十一世紀のランボーだとまで言い切った。その騒ぎの中でどっかの週刊誌が照山の父が大学教授で地方の国立大学でロシア文学を教えていることを突き止めた。多くのファンはやはりあの文学性に満ち溢れた歌詞は生まれ育った環境によるものかと納得したが、その話題に便乗するつもりか、Twitterに照山の父の大学時代の同窓だったという者が現れて照山の父の大学時代のエピソードを思いっきり暴露した。その同窓の話によると照山の父は照山に負けず劣らずの熱い男で、大学時代はロシア=ソビエトの詩人マヤコフスキーを研究しながら自らも詩を書いていたそうだ。しかも照山の父はある時マヤコフスキー好きが高じて詩人と同じように頭を丸く剃ってしまったそうだ。だが元来若ハゲ気質だった照山の父の髪は殆ど元に戻ることはなくそのままツルッパゲになってしまったということだった。同窓は最後にこう書いている。

『いやぁ〜、でも息子さんは立派ですよ。コンドルが鷹を産んだというか、彼は親父にないものを全て持ってるんだから。あいつと違って髪は黒々と溢れるほどあるし、才能なんかもう有り余るほどある。息子さんにはこれからも大活躍して欲しいですなぁ〜!』

 美月は当然このRain dropsのブレイクを喜んだ。インディーズ時代からファンだったバンドがとうとうトップバンドの仲間入りを果たしたのだ。しかしそれと同時に一抹の不安を感じた。彼女は照山が自分の手の届かないところに行ってしまう気がした。彼女はニュースでこのことを知るとすぐさま照山にメッセージを送った。

『照山君おめでとう。Rain dropsあっという間に大きくなっちゃったね。なんか私の手の届かないところに行っちゃいそうだよ』

 Rain dropsの突然のブレイクによって照山と美月はますます会えなくなってしまった。今までだったら美月に比べれば多少暇のある照山が美月の連絡を待つだけで良かった。しかしRain dropsがブレイクした途端照山のスケジュールもたちまちのうちに埋め尽くされてしまった。照山は至るところで新たなる邦楽ロックの新しきカリスマともてはやされ、テレビ出演依頼が後を経たなかった。芸能人は老いも若きもRain dropsを褒め上げ、実際に彼らに会った芸能人は皆彼らの礼儀正しさを褒め上げた。予定されていたツアーは予想外のブレイクのせいで公演会場がいくつも追加されることになり、全国縦断ツアーとなってしまった。憧れの武道館どころかツアー最終公演を東京ドームでやることまで決まってしまった。事務所やレコード会社はこの成功の機会を逃さぬようにと照山に早く次の曲を作るように催促した。Rain dropsにとってはそれはたしかに望んでいた成功だった。だがあまりにも急激すぎたのだ。彼らは突然降ってきた成功という名の豪雨を浴びてただ立ち尽くすだけだった。この激烈な日々が照山とRain dropsを狂わせ後の全てが抜けるほどの大悲劇を産むのだが、それはここでは語るまい。照山はこのあまりに多忙なスケジュールの中で毎日必ず送っていた美月へのLINEを忘れてしまう事さえあった。忘れていたことに気づくと彼は慌ててLINEを開いたが、そこには必ず美月のメッセージがあった。

『照山君どうしたの?私ずっと待ってたんだよ』

 彼はそのたびに慌てて返事を送り忙しくてスマホを見る暇がなかったんだと言い訳を書いたが、そのたびに自分が彼女に対して罪を犯しているような気分になった。美月から電話がかかって来ても話す時間さえなかった。このままではいけないと今度は照山から電話をしたが美月にはつながらず、LINEを送っても返信は来なかった。照山は不安のあまり美月に今すぐ返事がほしいとLINEを送ったが梨の礫だった。勿論後で美月からはごめんねと言葉と共に返事が送られてきたが、そこには照山と同じようにただ忙しくてスマホを見る時間がなかったと書かれているだけだった。

 照山と美月は完全にすれ違ってしまっていた。二人はLINEでどこかで会おうと相談したがその相談の会話さえ途切れ途切れになってしまうような状態になってしまった。美月はドラマの収録でスタジオに缶詰状態だし、照山は照山でスタジオ作業やらテレビの収録やら雑誌のインタビューやらに追われていた。しかももうじきRain dropsの全国ツアーが始まろうとしていた。全国ツアーに入ってしまったら美月にしばらくは会えなくなるだろう。その前になんとしてでも彼女に逢いたい。照山はどうにか暇を見つけて美月にLINEを何度も送った。そして何時間かたった後ようやく彼はリハーサル中のスタジオで美月のLINEを確認したが、そこにはドラマの収録やらCMの収録やら雑誌の取材やらでもう抜け出せないと書かれており、更にこんなことが書かれていた。『最近事務所が私を監視しだしたの。もしかしたら私達の関係バレてるかも』

 バレてるだって?君は僕らの恋をそんなやましい行為だと思っているのか!と照山はスタジオのトイレで憤激のあまり思わずLINEから電話をかけた。照山は彼女を怒鳴りつけてやるつもりだった。僕らの恋は神聖なものだ。それを犯罪行為みたいに言うのはどういうことなのだ。君は僕との恋を犯罪だと思っているのかと。しかし美月は出ない。もしかして僕を避けているのか。照山の頭の中に不安がよぎる。しかしその不安は瞬時に断ち切られた。美月が電話に出てきたからである。

 電話口の美月は明らかに苛立った調子だった。彼女は電話に出るなり照山に向かってなんで電話してきたの?と問いただしてきた。照山はその剣幕に押されてさっきの怒りなど全て吹き飛んでしまった。彼は美月の剣幕に動揺しまくってただこう言うしかなかった。

「君の声が聞きたくて電話したんた……」

 長い沈黙があった。照山はこの沈黙に耐えられず、美月を呼ぼうとしたがこの異様な空気に押されて口を開けなかった。だが沈黙は突然断ち切られた。美月が深いため息をついてから話し出したのだ。

「照山君、今から例のレストランで合わない?お店には開けておくように言っておくから」 

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