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人情刑事~村雨孝蔵の事件簿 その2

 事件はいつも崖でクライマックスを迎える。今日も人情刑事村雨孝蔵と部下たちは犯人を追い詰めるために崖へと向かった。そして村雨たちによって崖へと追い詰められた妙齢の麗しき女はどっかのチンピラみたいな若い男をかばって自供をはじめた。そして自供が終わった後、彼女は地面の泣き伏しながら叫んだ。

「ああ! すべて私が悪いんです。この子には関係のないことなんです。この子は実の父親である主人を憎んでいましたが、それでも主人は殺してなんかいないんです! すべて私がしたこと。私が一人でしたことなんです!」

 するとチンピラ風の若い男が女性の元に駆け寄って来て村雨に向かって言った。

「親父を殺したのは彼女じゃない! 俺なんだ!俺は親父がこの人を嫁にもらったときからこのひとを好きになってしまった。親父はなぜか結婚してからずっとこの人をいぢめていたんだ。いつもお前浮気しまくってるんだろ! とかそんなテクニックどこで身につけたんだ! とか酷いこと言っていぢめてたんだ! だから俺は親父を……」

「やめて! あなたはあの私の体だけが目当ての友達と一緒にあの人と私が関係した男を全員車で八つ裂きなんかしてないわ! 全部私がやったのよ! あなたの友達に向かって、旦那殺したらファックしてあげるからって言ってやらせたのよ!」

「えっ……」

その時だった。刑事たちの間からいつものように人情刑事村雨孝蔵が現れたのである。彼は地面に突っ伏して泣いている二人に近づき例のしみじみとした調子で語りかけた。

「お二人さん、かばい合うのは美しい行為だが、お天道様に嘘はついちゃいけねえな……」

チンピラ風の若い男はハッとして村雨孝蔵を見た。いかにも理想の親父というものを体現したような男だ。普段はだらしのない生活を送っているが、いざという時には家族のために超人的な活躍を見せるような父親。村雨は彼が求めていた父そのものだった。殺された父がこんな父親だったら自分を犠牲にしてでも守ってやったのに。この人殺しのビッチの誘惑に屈することもなかったのに。

村雨刑事は女の肩に手をかける。もう片方の手にはしっかり手錠が握られている。もう事件は終わりだ、と誰もが思った瞬間だった。村雨はいきなりチンピラ風の若者を殴ったのだ。そして彼は若者に向かって怒鳴りつけた。

「この大馬鹿野郎! お前は自分のひと時の感情でとんでもないことをしたんだぞ! お前にはそれがわかっているのか! お前はまず自分の唯一の肉親を自らの手で殺めた。そのことによってお前は自分のこれからの人生を失ったんだ! そして何よりも愚かしいのは、自分の母親になってくれたこの美しい人を悲しませてしまったことだ! 見ろ! 彼女はお前が愚かしい殺人を犯してもこうしてお前をかばってくれているんだぞ! 絞首台に上がるその時まで自分の愚かしさを噛み締めて生きろ!」

「俺、親父はやってねえ!やったのはこのビッチだ!」

「バカヤロー!」

また村雨の鉄拳が飛んだ。若者は衝撃で吹っ飛び、気を失って倒れる。女性が倒れた若者を心配して彼を助けようとするが、村雨は彼女を制してしみじみとした口調で彼女を慰めた。

「後味の悪い結末になっちまってすまねえ」

女は村雨にしなだれかかって泣き崩れた。今、彼女の義理の息子がパトカーに乗せられてゆく。村雨孝蔵は女の肩を抱き寄せると一緒に崖から見える近くのホテルへと向かった。


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