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『いつか王子様が』 (最終)

『いつか王子様が』 (最終)

【最期】目が覚めた。

 昼の12時だった。室内は蒸し暑かった。武治は自分の毛穴に、湿った空気が入り込み、湿度に毒されているように感じられた。

 寮の部屋の外では、女性キャストが、今日の指名のことを話していたり、客のグチをこぼしていたりと、意気揚々な雰囲気。

「前」とは違う。

 武治が雅で働いていたのは20代のころだ。週に3回ほど、ジャズピアノの演奏をしに来ていた。すでに引っ張りたこだったの

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『いつか王子様が』 (下)

『いつか王子様が』 (下)

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"Once a bitch, Everything is bitch."--ウィリアム・フォークナーの言葉が、皆川の頭に、ふと思い浮かんだ。

 「一回ダメになろうものなら、なにもかもが崩れやがる」ーー。店の売り上げが伸びない時期に、バーが薬物売買の拠点になっていた。経営難から立ち直した今は薬物の密売で、損失した分を補てんする必要はない。

それでも、だ。

 前に取引してい

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『いつか王子様が』  (中)

『いつか王子様が』 (中)

↑(上)

 「武治さんで?」と雅のオーナー、皆川に訊かれた瞬間にかれは、「そうだよ」と。続けて、
 「皆川、よく俺のこと見抜けたな。おったまげたよ」
 「そりゃ、『あの』ジャズ黄金期に演奏した伝説の武治だからな!」と大笑いをする。「詳しい話は後でするから、バーでジャズピアノ弾いてくれよ」。皆川は中肉中背。実年齢は50代だが、それ以上にみえる。並大抵ではない苦労をし、修羅場をくぐってきたオーラを放

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