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ウインナー、どうやって食べる?

今日は年に一度の「いいにくの日」。
早上がりだった今日は、退勤後、最近よく話すようになった職場の先輩、ムラタさんについていってデパ地下パトロールをした。
「お肉買うんですか?」
「ん~、どうしよう」
ムラタさんとプライベート(?)の時間を一緒に過ごすのは初めてだった。何を買うんだろう。日ごろどんなものを召し上がっているのかしら。他人の、こういう日常の買い物を見るのは楽しい。お弁当やポーチの中身や、本棚や冷蔵庫の中を見るような気持ち。

青果コーナーから入り、鮮魚売場を通り、精肉売場へ進む。いいにくの日だからなのか、こころなしかお客様が多いような気がする。といってもあまりこの時間にこのフロア(デパ地下)来ないし、どうなんだろう。平日にしては多いのかな。もうちょっとしたら仕事帰りに寄るお客様が増えるんだろうな。そんなことを考えながら、ずらずらと並んでいる(結構なお値段の)かたまり牛肉を眺める。
「今夜はステーキですか?」
国産和牛ステーキ用、と書かれたパックを手にしているムラタさんに話しかける。
「いやいや、高いなあ」
パックを戻しながらムラタさんは言う。
「晩ごはんは昨日作ったおでんがあるから、牛すじ買っとこう」
「おでんいいですね、温まりますねえ」
着々と買い物を進めるムラタさんの後ろをついて歩く。なんか、お母さんの買い物についてきた幼児みたい。あんまり経験ないけど、こんな感じなのかな。「今日の晩ごはんはおでんよ」「わーい」みたいな。幼児におでんはちょっと渋いな。唐揚げかハンバーグにしとこう。偏見。

量り売りのコーナーを抜けると、売場の一角に何やら大きなPOPとともに商品が積まれていた。
『お買い得! ポークウインナー 980円』
「わー、ウインナー。おいし…そう…?」
「お…いしそ…う???」
ムラタさんは、わたしがつけた控えめな疑問符を三倍にした感じでコメントした。
そのウインナーは、ここがデパ地下だということを考慮すると、かなり手頃な値段だった。値段の下に、小さめではあるがはっきりと『お早めにお召し上がりください(賞味期限12月5日)』と記載されている。
「ムラタさん見てくださいPOPの文言。期限切迫品をいいにくの日の集客に合わせてさばこうという商魂ですよ」
「商魂とか、ウオズミさん言うね。いや、これだけ積まれているということは、この日(いいにくの日)のためにスポット商品として入荷したんじゃない? 広告の品みたいな扱いで。これはバイヤーの綿密なる計画だね」
「なるほど、そういうことですか」
「いずれにしても売り手と買い手がウィンウィンであれば問題ないのよ。おいしいのに安ければいいじゃない。四人家族とかだったらこんなのぺろりだし」
いろいろと考えを巡らせながら、わたしたちはその「おいし…そう?」なウインナーになぜか釘付けになった。手に取るひと。かごに入れるひと。ひとつ取って裏表の情報を読み込むひと。読み込んだあとにかごに入れるひと。売場に戻すひと。悩んでふたつめをかごに入れるひと。即決して最初からふたつ取るひと。売場はさまざまなひとが行き来した。

「買います?」
「買わない」
ムラタさんは迷いなく言った。疑問符を三つつけたコメントは本音らしい。目が「あんまりおいしそうじゃない」と言っている。この手の本音は目を見たらわかる。
「安いですよお?」
「ウオズミさん欲しい?」
ちょっとそそのかすような気持ちで言ったら、ムラタさんに逆に問われた。ムラタさんは真顔だ。
「えーーー」
「買ったげるよ」
「ええ? いやいや、そんな」
「いいよお、いいにくの日だからさあ」
精肉コーナーでこんなやり取りをする日がわたしの人生に来ようとは、などと思いつつ、かごにウインナーを入れたムラタさんの顔をちょっと恥ずかしい気持ちで見た。
「え、あ、ありがとうございます」
そうしてわたしたちは精肉売場を離れ、チーズやヨーグルトや豆乳やアイスクリーム(ハーゲンダッツ 華もち吟撰きなこ黒みつ…よく読むとすごい名前)を買って(ムラタさんが)、会計を済ませエスカレーターに乗った。

従業員通用口へと歩きながら、ムラタさんはがさごそと買い物バッグからウインナーを取り出す。
「はい」
「え、ほんとにいいんですか?」
「もちろん」
わたしははだかのウインナーを受け取り、小さく礼を言ってかばんにしまう。どうやって食べよう。「おいし…そう?」などと口から出たものの、いざ自分のものとなったらうれしいし、おいしくして食べてやろう、という気持ちになる。

でも、本当はちょっと恥ずかしかった。
だって、これはムラタさんには「おいし…そう?」どころか「お…いしそ…う???」であり、「買わない」と即決する品なのだ。そして、ムラタさんは、後輩の「安いですよお?」の言葉に「買ったげるよ」と返答した。ウオズミの「安いですよお?」を、ムラタさんがどう解釈したのか…と考えると、わたしは本当はちょっと、いやかなり、恥ずかしくなった。

「焼いたらおいしそうだね」
ムラタさんは言う。ああ、なんだか恥ずかしいや。
「カレーに入れようかなあ」
「…っカレー??」
「え? カレーに入れません?」
「乗せるの?」
「いやふつうに煮込んで」
「え~~、入れな~~い」
またしても育ちがばれてしまう発言をしてしまった…と悔やみつつ、わたしたちは通用口を出てまもなくして別れた。ムラタさんありがとう。これはカレーには入れずに、まずはベーコンエッグのベーコンの代わりに使おう。それからポトフに使おうかな。シチューにもいいな。もやしとカレー炒めしてもいいな。カレー引きずってるな。
ウインナー、どうやって食べますか?

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