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読書感想文「代替行動の臨床実践ガイド」

「代替行動の臨床実践ガイド」という本を読んだ。
副題の「『ついやってしまう』『やめられない』の〈やり方〉を変えるカウンセリング」という文言に惹かれて。

ひつじさんといっしょ

「臨床実践」とついている通り、セラピストや支援者、養育者向けの内容だけれども、平易な言葉が多くつかわれており、素人のわたしでも難なく読み進められた。
患者にとって悪、害となっている問題行動について、代替行動、つまり「代わりとなる行動」への変化を促すアプローチについて実践的な内容を用いてまとめられた本である。認知行動療法や応用行動分析がベースとなっているけれども、それらの考え方に固執することなく、「すべての心理療法は結局のところクライエントを新しい行動へと誘うことを目指している」という広く建設的な意味を持たせて編集された本のようだと感じた。

いま現在、わたしは形而下的な依存行動に困っているわけではない(と思う)けれど、思考や行動パターンにはきっとクセや課題と呼ばれるものがしつこく残っているだろうと思われる。そのクセや課題と呼ばれるものが、はっきり自分で「こういうこと」と、示せそうで示せない。解決の糸口が(そのようなものがあると想定するなら、ではあるけれど)掴めそうで掴めない。そのような朧気なものを理解するヒントになるかもしれない、と思って図書館で手に取った。

本書は「第Ⅰ部 ふだんの生活」「第Ⅱ部 嗜癖行動・自傷行為」「第Ⅲ部 家族間のやりとり」の三部構成である。
「ふだんの生活」では夜更かしや気分の波、回避行動といった、誰でも一度は経験したことがあるであろう問題を、「嗜癖行動・自傷行為」では病的な飲酒やギャンブルなどのいわゆる依存症の問題を、「家族間のやりとり」では、それらの行動に依存する家族を持つ者たちの対応や接し方についてを取り上げている。

印象に残った部分をいくつか取り上げてみる。

第Ⅰ部、双極性障害の感情調節についてのところでは、大きな気分の波が現れる前の「前駆症状」に気づくことがまず大事、と書かれている。そして、前駆症状に気づけるようになったら、効果的な感情調節スキルを獲得し、そのスキルを使いこなせるようなる訓練をしていくのだそうだ。

感情調節の方法を話し合う際は、「何をするか」と同時に「どのように行うか」あるいは「どこまで行うか」もポイントになります。たとえば、友達とお茶に行く、という方法は、友達の予定に左右されますし、前駆症状が出現したときに、即自に実行することは難しいでしょう。また、もしお茶に行けたとしても、たとえば数時間にわたって会話が盛り上がったり、その後カラオケに繰り出し、夜通し遊んでしまったりしたら…。これは、「抗うつ」行動ならぬ「向躁」行動になってしまいます。
(中略)
「どうやって」「どこまで」行うことが真に抗うつ的なのか、話し合い、一線の中で微調節していくことが必要です。

p27~28

前駆症状を理解して、代替行動を始めるタイミングを掴み、実際に行動に移せたとしても、それは「行動の始まり」までに関わることであって、「行動の終わり」については関与していない。適切なタイミングで終えられるかどうかなど、危うさを伴った代替行動において期待していいものなのだろうか? 支援者はそこまで責任を持って患者に関わるべきなのではないか? という筆者の意見と捉えた。

よく、落ち込んだとき、動けないときに対処できる方法をリストアップしておきましょう、と言われたりする。お茶を飲むとか、お気に入りのカフェに行くとか、心地よいと感じる音楽を聴くとか。
わたしの個人的な感覚だけども、始めることに関して支援者は「いいぞいいぞ、やれやれ」という姿勢でいるように感じたことが多い。しかしそれは、例えるなら、高いところに登るために支援者は梯子を用意してくれたが、登りきったところで支援者は梯子を外し、どこかへ去って行く、というような感覚に近い。
うまくいってもいかなくても、引き返して来る最後まで、実際に一緒にいなくてもいいので共通認識を持っておいたら、患者も安心するのだろう。わたしはきっとそうだから。

第Ⅱ部はより深刻な事例が多かったけれど、とても興味深かった。
飲酒やギャンブルは体験として脳への刺激が大きく、映画を観るとか音楽を聴くとかいうような日常的な代替行動ではとても満足感は味わえず、代わりにならない。
飲酒やギャンブルに限ったことではないが、そもそも「まったく同様の体験」をすることは困難である。そうしたときに、ふたつの解決策を提案している。
ひとつめは、「体験を要因ごとに分析し複数の行動で埋め合わせる」というもの。
ひとつの行動を100%の代替行動とするのではなく、Aで20%の満足を得、Bで30%の満足を得、Cで50%の満足を得、合計で100%埋め合わせられる、というふうな方法だ。
なるほど、と思った。このような小さな満足感の積み重ねは、もし喪失するとしてもひとつひとつが小さくて済む。つまりダメージも小さいのではないか。

ふたつめは、「代替行動を必要としない生活を目指していく」というもの。
問題行動を代替行動で補うことは根本的な解決には至らないのではないか、という指摘である。
問題行動において、その行動に至ってしまった背景・何らかの理由があるのを忘れてはいけない。ただ、その背景や理由を探って解決まで至らしめるというのは、時間も労力もかかるだろう。治療やカウンセリングをそこだけにアプローチして進めても、あまりに遅々とした変化の仕方に治療者も患者も投げ出したくなるかもしれない。
そのために、まず「代わりとなる体験がなければならない」から始める。治療などが展開していく中で、フォローアップの時期に差し掛かったとき、「代わりとなる体験がなくともよい」という選択肢を加えた展開に変化させていくことが大切だ、と述べている。

◇◇◇

「はじめに」に、大切なのは「何かをやめること」ではなく、「何かができるようになること」なのだ、と書かれていた。これらは表裏一体のように見えて、だいぶ次元の違う事柄のように感じる。
「行動を変える」なんてとても怖いし難しいことでもあるけれど…まずは「やめなきゃ」の禁止令を外してみることから始めてみようかな。


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