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美術展雑談『甲斐荘楠音の全貌 絵画、演劇、映画を越境する個性』

やっとリベンジのときがきましたよ!

謎の組織の陰謀(邪推)によって『あやしい絵展』大阪巡回では展示されなかった甲斐荘楠音さんの『畜生塚』が、所蔵というより実家といいたい京都国立近代美術館で久々のお目見えです。リベンジ鑑賞を果たすため、古川町商店街をダッシュして向かいました!

いや、ダッシュは嘘です、すみません! 白川沿いにある古川町商店街、大好きです。
楠音さんの苗字は「甲斐庄」と「甲斐荘」の二通りの表記があるのですね。今回は「甲斐荘」さんです。

『甲斐荘楠音の全貌 絵画、演劇、映画を越境する個性』はおおむね年代順に楠音さんの作品を並べ、作風の傾向やその変遷から彼の心のありようにアプローチする趣向になっていました。彼の活動の軌跡を辿ることで、その生涯を追体験できるとも言えるでしょう。文字通り、全貌を味わい尽くせます。

まずはおなじみのデロリのシリーズから始まりました。『横櫛』『春宵(花びら)』『幻覚(踊る女)』『舞ふ』などなどに取り囲まれるという桃源郷のようなフロアです。それらを直線で結び交わる点を、極楽ポイントと勝手に名付けさせていただきました。立ってみると、まさに極楽浄土にいる気分です。極楽ポイント、最高です。コリがほぐれます。
『横櫛』のお姉さんは実家にいる安心感からか、前に大阪で会ったときよりなんだか穏やかそうでした。「さっきまでミカンでも食べてたんかいな」と軽口を言うと「食べてへんわ、2個しか」と京都弁で返してくれました。いけずな微笑みが京都人らしくてチャーミングです。ますます好きになりました。

写真撮影禁止(ケチ!ケチ!)なので、公式のサイトから写真をお借りしました。

展示されていたのは、絵画ばかりではありません。そしてむしろ絵画以外のものの方にこそ、楠音さんの神髄を探る手がかりがありそうです。
切り抜きを集めたスクラップには健康的な女性のヌードが並び、膨大なスケッチの中には淀殿や千姫の姿も見られます。楠音さんは、いわゆるセクシャルマイノリティであったということです。そのこともあってか女性美に純粋に憧れを抱きつつ、また悲劇的な運命が課せられた女性に対してはシンパシーを感じていたのでしょう。なかなか理解されない彼の美意識が、残されたものからにじみ出ているように見えてきます。

ある時期から楠音さんは絵画から離れ、映画の世界に身を置きました。主に時代劇の時代考証や衣裳考証を担当されていたそうです。
展示の後半はそうして楠音さんが携わった衣裳が、これでもかというくらいの勢いで並べられていました。すべてが驚くほど華やかです。中でも『旗本退屈男』シリーズの金彩銀彩の衣裳などは、市川右太衛門さんのスター性をそのまま表したようにきらびやかでした。
当時の映画界の活気も伝わってきます。映画スタッフたちとの集合写真の中にいる楠音さんは、なんだか誇らしげにも見えました。

そして展示も終章となり、ラストに待ち構えていたのが『畜生塚』です。
若い頃から描き始めながら、未完になっています。
21人の女性たちが絡まるように描かれています。もがく人、何かにすがるような人、諦めたかのようにうなだれる人、生々しい裸体のうごめくような連なりには、問答無用の凄みを感じます。
この作品は史実として伝わる三条河原の処刑場面を写実的に表現するものではなく、構想画として自身の心象を描いたものです。畜生扱いされ理不尽に惨殺された女性たちに我が姿を投影したもの、つまりそこに描かれているのは、紛れもなく楠音さんの苦悩そのものです。

『畜生塚』と、その前で苦悶のポーズをとる楠音さんです。自分をモデルに描いたというより、まるで同化しているようです。制作現場はきっと、狂気じみた様子ではなかったでしょうか。
(この写真もお借りしたものです。編集してつないであります)

おそらくは偏見、無理解、不寛容、そういった攻撃的なものから受ける痛みに加えて、何よりも思うように生きられない自分に対するもどかしさに苦しんだのでしょう。その心のさまが『畜生塚』の肉感的な描写からありありと見て取れます。

しかし私が最も腑に落ちたのは、その作品を未完としたことです。
楠音さんは『畜生塚』をあえて完成させないことで自分自身の青春時代を、苦しみや悲しみをも含めて肯定しようとしたのではないかと私には思えました。もしも完成させてしまえば、同時に当時の思い出が辛いものばかりだったと認めてしまうような気がしたのではないでしょうか。華やかな世界に触れ仲間と信頼関係を築く中で、若い頃に悩み続けた自分自身を愛せるようになったのではないかと、そう思いました。
もちろん画風が変わったからとか、時間や体力がなくなったからとか、理由は別にあるのかもしれません。
けれど『畜生塚』の絵の中から、楠音さんは私に「そう思うてもろうてもよろしいよ」と京都弁で答えてくれました。だから、やっぱりそうなのです。

物販ではまたまたポストカードを購入しました。
『畜生塚』『横櫛』『虹のかけ橋(七妍)』です。
『横櫛』は見つける度に買ってしまいます。好きすぎるやん。

京都国立近代美術館から20分ほど歩けば、甲斐荘家の墓所のある「くろだにさん」こと金戒光明寺があります。鑑賞のあと、せっかくなのでお墓参りさせていただきました。

800年以上の歴史を持つ、浄土宗の大本山です。
三重塔からの景色です。

重文の三重塔までの階段を上ると、京都・岡崎の町並みが見えます。
もしかしたらかつて楠音さんも私と同じように、ここから京の町を眺めていたのかも知れません。悲しいばかりではなかった若い頃の日々に思いを馳せながら、ええ天気やなあ、と呟いていたのでしょう。楠音さん、あなたは美しいものを見つめている人でした。

祇園の白川です。この日の桜は、とくにきれいでした。


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