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アドベントカレンダー予報

家で適当な夕飯を済ませ、ソファでスマホを見ていると、何か忘れているような気がしてきた。

家の鍵は、閉めた。職場に忘れ物は、無い、と思う。忘れっぽい私がやりがちなミスを確認してみるが、今日は大丈夫なはず。部屋の中を見渡すと、鮮やかな緑と赤が視界に入った。そうだ。これだ。

たまたま入った古い雑貨屋さんで見つけた、小さなボックスタイプのアドベントカレンダー。十二月一日からクリスマスイブまでの特別なカレンダーで、日付が記された小さな箱を開けると、様々なお菓子が入っている。

今日やっと十二月に入ったのだ。やっと箱を開けられると、朝から楽しみにしていたのだった。小走りで棚の上のアドベントカレンダーに近づく。ワクワクしながら、一日目の小箱を開けた。

桃色の小さな飴玉が一つ。そして、丸まった小さな白いメモ。飴を口に入れて、メモを広げ、読んでみる。

”何かお忘れではないですか?”

イチゴ味の飴を飲み込みそうになった。

きっと何かの手違いで、誰かのメモが紛れ込んでしまったのだ。そうだ、毎日そういうメモが入っているカレンダーなのかも。ちょっとフライングして、二日目の箱を開けてみる。黄色の飴玉だけが入っていて、首を傾げた。



とうとうクリスマスイブになった。毎年イブもクリスマスも、私はいつも仕事だ。孤独が身に沁みる時期だが、今年はちょっと違う。アドベントカレンダーのメモの謎が、一日からずっと気になって気になって仕方なかったのだ。

結局、他の小箱に入っていたのは飴玉だけ。きっと最後の箱に、謎を解くカギが入っているはず。ドキドキしながら、そっと小箱を開けた。

中には、赤い飴玉と緑色のメモが収まっている。よしっとガッツポーズをしてから、メモを読んでみた。

”最後の未来予知を覚えてる?”

緑色の紙に、金色のインクで書かれた言葉に、私は呆然とした。最後の未来予知、聞き覚えがある。そして、この緑色。必死に記憶の糸を辿っていく。

そうだ、緑のおばさんだ。小学生の時、登下校する子どもたちを優しく見守っていたあの、緑のおばさん。ほとんど毎日、緑の旗を振りながら通学路に立っていた。

重度の引っ込み思案で、友達もおらず、毎日一人で下校していた私に、緑のおばさんは声をかけてくれたのだ。話すことが苦手な私のために、一緒に帰りながら、色々なことを面白おかしく話してくれた。

よく私の下校時間ぴったりに、校門の外で待っていてくれて。不思議だった。一度そのことを聞いてみたら「私には未来予知の力があるのよ」とはぐらかされたっけ。帰り道でこっそり、駄菓子を二人で分けあったり。ああ、雪のように小さな思い出が降ってくる。

とうとう卒業を迎えた日、私は緑のおばさんに感謝を伝えて、おばさんのことを忘れない、と言ったのだ。しかし「私のことは忘れていいのよ。あなたはこれから、泣いたり笑ったり、とっても忙しくなる。私のことを忘れるほど、楽しい日々を過ごすのよ。私はあなたを忘れないから、大丈夫。これは最後の未来予知、ね」と返ってきた。そうだ。そうだった。

ずっと「緑のおばさん」と呼んでいたから、本名も知らない。小学校はとっくに廃校になってしまった。会いたくても再会することは、ほぼ不可能だろう。

本当に忘れてしまっていた。寂しさに気持ちが波立ってくる。緑のおばさんの「忘れていいのよ」と「あなたを忘れない」という言葉が頭でリフレインした。

私は忘れてしまっても、緑のおばさんは私を覚えている。それは自然で、悪いことではないのだろう。むしろ、幸福なことなのだ。これは幸福な寂しさ、なのだ。

お正月に実家に帰ったら、アルバムを見返そう。緑のおばさんの姿が、どこかに写っているかもしれない。少し盛り上がったインクの文字を撫でる。きっと来年も、私はあの雑貨店でアドベントカレンダーを買うだろう。そして忘れていたことを思い出す。私の未来予知だ。

赤い飴玉を口に入れる。さくらんぼ味。緑のおばさんと一緒に食べた駄菓子の味だった。



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